The dove 1.a prologue

少し背が高くすらりとした男が街の中心へと続くなだらかな坂道をゆっくり登っていた。街の中央へとつづくこの道は、メインストリートの割にとても狭く、馬車一台通るのがやっとというほどで、両側には居住区のアパルトメントが空へと競うように隙間なく連なり、もう高く上がっているはずの6月も終わりの陽の光はおよそ遮られて届かないために辺りはひんやりとしており、路面はわずかに濡れたような湿り気のある細かな石畳が連綿とのびていた。彼のコートは所々解れており、そればかりか土埃か血糊の名残のようなものでかなり汚れていたが、それと対照的に表情は走りきった後の諦めたような静寂と微笑がほのかに漂って、足どりは思いのほか軽やかだった。商用で出掛けた北方の街でやむなく内戦に志願したのだったが、敵の包囲に晒された後、街の軍隊の指揮官の幾人かがあっさり離反し、少数の人々と辛くも故郷のこの街に難を逃れてきたのだった。彼の手には本来手にしているはずの反物ではなく、やっとのことで持ち出した祖母譲りの古ぼけた辞書だけが小脇に大事そうに抱えられていた。街の中央の広場に近づくと、彼は少し目を細めて、釣り鐘状に切り出された窓のような出口から見える天に向かってそびえ立つ塔を仰ぎ見た。そこには彼の期待した通り、参道の暗さとは正反対の光の中に忽然と浮かぶオレンジ色をした塔の白い先端部分と壁時計、そしてその背後のつきぬけるような青空があり、視線をもとに戻すと、そこにはまるで思い出したかのように円い広場におもいおもいに初夏の午後を楽しむ人々の営みが目の前に開けて、人間に戻ったような、生まれ変わったような優しげな気分になったのだった。