The dove 2.The invisible but consequent bird

男が広場を通って、そこからだいぶ離れた所にある家に帰り、父親と母親に商売がご破算になったことと戦闘にやむなく参加し撤退してきたことを伝えると、「いますぐ我が家の槍をもって再度戦場にむかうべきだ。そうでなくてはいけない。」と父親がいつになく力強く言った。男は少し閉口し、壁に取り付けてある真新しい細長い銃と棚の上の埃を被った法律書を目の端に置きながら、戦闘は局地的にはひとまず終結し、それに槍の時代は終わりつつあることを説明して、自分の部屋に戻った。さほど広くもないその部屋は、彼がいない間家族が片付けてくれたものかさっぱりとはしていたが、どこかどんよりした感じがして、彼は徐ろに窓を開け放った。この部屋は通りに面しているわけではなく、少し目線をあげても広場にたつ塔もましてやその近くの白地に黒のラインのはいった美しいドゥオーモも視界にとらえることはできず、家々の赤茶色をした屋根と壁が重なりながらどこまでも続いていて、彼はふと膝が床に向けて抜け落ちるような疲労を覚えた。すぐにしたいこともこれといって思い浮かばなかったので、コートを脱ぎ捨てイスの背もたれにかけると、彼はベッドの上に転がって、まもなく眠りについた。しばらくしてふと胸騒ぎがして起き上がってみると、日は既に暮れて、目を瞑ったような月が空に微笑み、いつのまにか風も柔らかく部屋の中に吹き込んでいた。気づくと開いた窓のすぐそばに、輪郭の覚束ない半透明の妙な鳥が一羽こちらを向いて止っているのを見つけた。その鳥はどことなく気にかかる表情をしており、半分蕩けるように透けていたので、彼は窓から身を乗り出して、鳥に向かって「君は誰?」と家の人に聞えないくらいの小さな声で尋ねた。すると、その鳥は小首を傾げて「やはり君は僕が見えるんだね。よかった、よかった。それでこそいろんな所を飛んできた甲斐があるってものですよね。それにしても君は脚がずいぶんと遅いようだね。」と勝手に窓の桟をまたいで、「君はおそらく知っているはずだよ。チリエージョさん。」と耳元でさらに囁いた。名前を当てられてとても驚いた彼は、「君はその姿からするときっと鳩だね。」と鳥に聞いた。鳥はひとしきり自分の小さな体をみやってから「君が鳩だというのだったらおそらくそうだね。その方がきっといい。鳩と呼んでくれて差し支えないよ。」と割合しっかりした声で答えた。「鳩さんはどこから来たの?」と彼が重ねて聞くと「どこから来たかって。それは君がよく知っている場所にきまってるじゃないか。」と鳩は嘴を尖らせて答えた。彼がさらに腰を屈めて鳩を眺めると、鳩がくすぐったそうに目をしばしばさせたその首にはパズルのような断片(かけら)が革紐でかけられ、翼は北の街でよく見かけた白と黒のかなり目の細かいチェック柄にそういえばよく似ていた。その断片をよく観察すると何かの記号と併せて自分の商標とよく似たものが、幾分ユーモアを加えて記載してあるのを彼はすこし訝しげに眺めたけれど、確たる記憶には行き着かなかった。さらに、今度は鳩の足下をみると毛糸で編んだかわいらしい紫色の靴が張付いていて、「ちなみにこの小さな靴は誰にもらったの。」と聞くと鳩は誇らしげに「ここに来る前に世話になったある高校生の女の子が手編みで作ってくれたのだよ。僕専用なんだ。少々空気抵抗があってバランスをとるのに苦労するけれど。あ、言っとくけれどその子の名前を聞くなんて野暮ってもんだよ。じつはその前にもあるおばあさんにゴム紐付きの子供用の黄色い帽子ももらったんだけど、何度目かのフライトでフランスのおしゃれ好きな女の子に着陸する時落としてしまったんだ。これだから空ってやつは恐ろしいね。けれど僕はまだ運がいい方で、この前同郷の友達に出会したら喜望峰やイスタンブールまで、嵐のなかを飛ばされたらしい。翻訳や再定義もけっこう堪えるね。」とまくし立てた後、翼をすくめてみせた。ここまで話して彼は北の街にいた時、自分の周囲の空を飛び交っていた無数の鳥たちにその鳩が嘴や体の様子も似ていていることにやっと思い当たった。鳩と自分はどうやら縁があるようだし、この鳩には暗い気配を感じることもなく、他に少し気にかかることもあったので、彼はもう夜も遅いことだから詳しい話は明日広場のカフェで朝食でも一緒にとりながら話そうと、鳩を部屋の古びたソファーの上へと案内して、窓を閉め、また朝まで眠ることにした。