The dove 6.The birdwatching at the top of “Torre del Mangia” 〜dove che sia〜

あくる朝、鳩が珍しく自分から「どうしてもあの塔の頂上にいく。」と聞かないので、彼と鳩は街の中央のカンポ広場に建つマンジャの塔へと向かった。彼は1階の受付で一人分の入場券を購入し、一段一段ゆっくり上がっていったが、小脇に抱えた鳩が徐々に重くなっていくような気がして、「階段を上るにつれて君が重くなるように感じるのだけれど。」と鳩にぼやくと、鳩は「体重を指摘するのは無神経じゃないかな。でも、重さを感じたとしてもそれは当然じゃないかな。僕みたいな鳥は平地にはそれなりの数いるだろうけれど、ここまで高く上がって人間と一緒にいられる鳥はごく限られてくるからね。」と答えた。狭い階段の幅は人間二人が行き来するのがやっとで、高さも所々で頭をぶつけるのではないか思うほど低く、そしてかなり埃っぽかった。彼は左手で鳩を抱えて、右手で階段の壁や手すりをつかんで慎重に登っていったのだったが、やがて登り切るころにはいつになく左手に鈍い痛みを感じるようになっていた。頂上に着くと彼は鳩を前に抱きなおして、目の前に広がる風景を見つめた。白い塔の頂上から見る空は地上から仰ぎ見る空に比べても、どこまでもずっと深く青く澄んでいて、その遙か遠方にある海が見えないことの方がむしろ不思議なくらいだった。塔の真下には半円状の広場と、そこから放射状に延びて家々の間にすぐに隠れてしまう路が垣間見え、人々の姿はだいぶ離れているのになぜか余計に生き生きと目に映った。塔から見る赤茶けた街とそのまわりの青々とした丘が空と合わさる情景は、地上の日常や街を囲む城壁をなめらかな陰影を与え、この塔が街の象徴としての外観を持つだけでなく、天空と地表を結ぶ役目を果たしていることを示すようだった。
 視線をゆっくりと空に戻し、鳩の嘴の先にある風景を目で追うと、街のはるか上空、微かに浮かぶ雲のちかくに、半透明の気球船のようなたっぷり太った巨大な鳥が何羽かゆったりと移動しながら空に浮かんでいた。この巨大な鳥には、体の幅の3倍ほどの翼がついていてゆっくりと動いていたが、それでも浮力が足りないのか、無数の鳥がタグボートみたいにこの太った鳥の背中につったワイヤーを垂直にリフトアップしていた。「ちょっと飲み込みすぎたのかもしれないね。清濁併せ呑んでこその巨鳥ではあるけれど。それにあの大きなお腹のあたりを見てごらん。」と鳩が言うので、彼が目を向けるとそこにはありとあらゆる辞書をつめこんだ本棚や、砦、大砲や無数の大きな鳥籠、馬車や家屋、家財道具などが太いロープでしっかり紐づけられていた。巨鳥の嘴の方に目をやると、地上から少し上がった空中から無数の半透明の妙な帯状の物体が現れてゆっくりと巨鳥に流れ込んでいるのが分かった。「あの半透明なものはなんだい。」と彼が尋ねると、鳩は「あれはそれだけでは実体化しない鳥だよ。形をもたない球体がああして合流することで力になるんだね。」と答えた。彼は心配になって、「このままでは、この巨大な鳥はそのうち地面に落ちてしまうんじゃないかな。」と聞くと、鳩は「ああ見えてあの鳥はかなり構造的に優れているんだ。でなければあそこまで大きくはなれなかったと思うよ。ある研修者は落下の可能性について、まちがいが起こらない限りは大丈夫ではないかと発表しているよ。」と答えた。彼がさらに「他にはどんな意見があるの」と聞くと鳩は「鳥はともかく、交通手段の方は近年めざましく発達して、何もかもが空に上がることが可能になったいるよね。空には元来際限などなく、この空への流れもむしろ自然の現れで止りそうにない。こうなると、浮かぶ鳥の方をまず保護する必要があるという意見が多くでてるようだよ。だから、あの巨大な浮かぶ鳥に関しても、浮き鳥を追加で募集してさらに浮力をつけるか、文法を整備して、種類が異なる荷物などは別便の巨鳥で空に留める方法を皆で検討中なんだ。あの巨大な鳥たちを、空で相互に連結する方法も開発されているしね。これからは君のいう重さよりもむしろその質が問われる時代にはいるんじゃないかな。じつは僕もあの巨鳥とちょっとは関係があるんだけれど、僕ら鳥にだって信義則や守秘義務ってものがあるから、全ては話してあげられないんだ。」といつになく大人っぽく答えた。彼がだまっていると少し気の毒になったのか、鳩は「あの鳥はじつによく見えるね。でもあれはここに見えるだけでなく、至る所に存在するのを知っておいた方いいかもしれないね。」というとそのまま嘴を閉じて、深い眼の色をしてその巨大な鳥を眺めて動かなくなった。しばらくの間、彼と鳩は塔からの風景を眺め続けた。一時間ほどして、少し風がでてきた頃、今度は彼の鳩よりもずっと小さな半透明の無数の鳥たちが、街のあちこちから、広場の近くの家々の屋根に一度集まってから浮上し、塔の周りを何度か旋回しながら、群れの形を整えて、群れごとにいろんな方角へと旅立っていくのが見えた。空に溶けるのが幾分早い気がして、彼が鳩に指摘すると「よく気づいたね。ああいう鳥はあの巨大な鳥とは違っていつも浮いているわけじゃないんだ。それに小さな鳥にとって重要なのはあくまで離陸と着陸だからね。あれくらいで十分じゃないかな。」と答えた。「浮上とともに完全に透明になったほうが安全じゃないかな。」と彼が言うと、鳩は笑って、「群れを整える必要もあるし、なにより街からしばらく離れるまで一応姿がなくては、鳥として様にならないでしょう。」となんだか誇らしげに言った。鳩が淀みなく答えてくれるので、彼は感心して、「ところで君はどんな鳥なのかい。」と改めて傍らの鳩をみつめて聞いた。鳩は少し恥ずかしそうに首をすぼめて、「その、僕は複合体のようなものだからね。」と答えると、塔の手すりの上で、嘴を使って器用に毛糸で作られた紫色の靴を脱いだ。鳩の左脚の足首には西のジブラルタル辺り作られる様式の図柄の青銅製の脚輪が、右脚の指には東の国由縁の幾何学模様が精緻に刻まれた金の指輪が鈍くぼんやりと光っていた。