The dove 9.The surface and depth stratum 〜a feast〜

シエナの夕暮れは美しい。南の国らしく、夕日も力強く赤い色をしているが、同じように赤茶けた一面の建物にあたり、円く溶け合いながら、一方で微妙な加減で折り重って影をつくる。影さえわずかに赤みがかっているようで、焼きつけるような夏の日差しの余韻に包まれる情景はその赤い残像を伴いながら今度は徐々に影の度合いを強めていく。午後からの風はすっかりやんで、広場の人々もそろそろ宿屋や家路につく準備をはじめようとしているようだった。古い友人達と待ち合わせたのは、カンポ広場の奥まったところにある、煉瓦造りのカフェ兼バールのようなお店で、広場の中央からは少し離れているためか、夕方といえども喧噪は遠くにあるだけで、落ち着いて広場を見通すことができた。彼はお昼過ぎまで微睡み、午後になってようやく起き出してきたのだった。彼らに逢うのは久しぶりだったが、普段の彼には珍しく半ば強引に夕食を設定しても別段億劫そうでもなかったことが彼を安心させた。全員が集まると、その程近くにある小さなリストランテに友人の一人が先頭に立って入った。店のなかは若い男女で賑やかだったが、それも四、五人の集団がワインや食事を摂りながら談笑する類のもので、いろんな方角に向いた男女の多様な声たちが、この場合かえって彼を落ち着かせた。全員で席に着いた後、それまで持っていたはずの傘が手元に無いことに気づいて、鳩をテーブルに載せたまま、先程までいたカフェにとって返した。その小さな携帯用の傘はまだ先程カフェの外にあるテーブルの隅にそっと置かれていた。彼が店内に入って席に戻る途中、座っている友人達の方に目を遣ると、その中の二人が、果たして気づいているものかそうでないのか、テーブルの上に乗った鳩の頭をなでたり、喉をさすったり、軽く指先で触れたりして遊んでいるのが見えた。鳩も気持ちいいのか、目を細めて喉をクツクツ鳴らしている。彼はその情景を見ただけでもう十分な気がして、何も言わず席に着いた。彼がワインを一口飲むと、それはまだ葡萄だった頃の記憶を残しているのか、トスカーナの丘の陽だまりを彼に思い出させ、お酒を飲むのは実に久しぶりであるような気がすることが少し可笑しかった。聡明な友達との他意のない、それでも知的な会話は、それまでの数が月の間、近くの木々に突風が吹きつけ、森全体すらおぼろげに揺らめいていた彼の心の光景に、晴天の下に佇む湖上を渡る月のような景色を加えた。食事が運ばれてきても、北の国やそれ以外の場所での陰鬱な風景や微かな足音などこの場にそぐわず口に出す気にもならなかった。そのうちに彼の鳩の前にも、果たしてどこから現れたものか、透明な鳥が寄ってきて、嘴で軽くつつきあったり、鬼ごっこをしたりして遊んでいる。また、鳥たちは遠い親類の鶏が香草と衣を塗されてオリーブ油で料理されているのを見ても、とくに感興を覚えないのかその横で寝転がったりしている。そして鳩は久しぶりにみる仲間に会ってほっとして楽しくなったものか、珍しく彼の方は振り返らず、人間達と鳥たちの宴はそれぞれ別々に楽しげに進行した。別々の源から発生した色や大きさも様々な無数の波紋と波紋が交差し、重なることによって生まれる微かに軋むような音色やその反対のやさしげな色の調和もこの場には即座には届かないようだった。夜は次第に足音をはやめ、その足跡もまた深くなっていくようだった。友達や他の客が果たして彼らの目前にいる鳥に気づいているかどうか、他の鳥の胸にもあの首飾りがかかっていたかどうか彼は確かめようと思わなかった。皆で店をでる頃には、街も建物もすっかり漆黒の背景に溶け込み、街灯の明かりが深夜の訪れをすこし早めに伝えようとしていた。空には幾分ふっくらとした細い月がその青白い影で柔らかく地表を包んでいた。







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以下お知らせ部分

現在私のPCがインターネットに接続できないため更新を中断しております。不具合は10日21時からで、原因については調査中です。当更新は携帯電話より。長めの文章は通常PCを使っております。無事復旧次第、再開の予定です。御了承くださいませ。

10時30分現在

復旧のご連絡を回線の会社さんからいただきました。原因は住んでいるマンションの共有部にある機械の故障とのこと。こういう局所的な不通も当然あるものなのだと理解したのでした。
14時40分