The devo10-Ⅰ.The picture hanging in the beautiful sky

7月のある日、彼はシエナの街やできるだけ遠くの景色を空から眺めたくなって、マンジャの塔へ向かった。家を出る頃には既に陽は頭上にあって、カンポ広場の入り口までくると人々は一様に目を眩しそうに目を細めて歩みを進める。彼は広場の中程までくると、新しい地図がほしかったことを不意に思い出して、貝殻のような形の広場の隅にある書店に向かった。彼はくっきりした顔立ちのはっきりした女性とすれ違ったが、彼女は旅行者であるらしくまわりをゆったり見ながら歩いていたが、麻布の赤いストールで頭から肩をすっぽり覆っているのにどこか涼しげで、ここシエナよりもさらに南の地方の風景を彼に映した。カフェの隣にある小綺麗な書店に入ると店内は彩りあざやかな本で埋め尽くされていて、外から見るよりよほど華やかだったが、地図は店の左奥の方にわずかに埃をかぶって佇んでいた。そして、地図のすぐ側には外国の文字が表紙にゆらゆら踊っている紀行ものの写真集が棚に立てかけられていた。彼がその一つを手にとってゆっくりページを繰っていると、鳩はそれまでおとなしく肩に止まって一緒に写真をのぞき込んでいたのが、「どこか行きたい所でもあるのかい。」とだけ聞いた、彼は「近いうちに必ずね。」と答えてそのエーゲ海とその背景に浮かぶ白い街を載せたその写真集を棚に返した。彼は視線を地図の方に戻して、地形や都市、気候を詳細に記した世界地図の本を一冊買った。その後で彼は、その地図を背中のリュックサックにしまい込んで、鳩を抱きかかえて今度は真っ直ぐ塔を目指した。彼と鳩が塔のてっぺんに着くと、空は青く澄んでいて、雲一つない晴天の一角にあいかわずいくつかの浮かぶ鳥がふわりと空にあがっているのが目についた。しかし、こんな天候下でも他の街や丘から丘へと縫うように続く道の先を視界におさめることも、遙か東方のアドリア海や西方にあるはずのリグリア海まで見ることはとてもできそうにないのだった。彼は「ここに登っても目だけで世界が見えるわけではないね。」と呟いた。「そうだね。でもさっきの地図を広げることはできるね。」と鳩は囁いた。人間と鳥は微風の吹くなか地図を押さえながら塔から続く情景を眺め続けた。
 「さて、君はどうしたいのかな。」と鳩はかわいらしく小首を傾げて、彼に聞いた。「君が僕と一緒にいるのも、君と同じような首飾りをつけた鳥たちが遠いここシエナの街にも来ていることは事実なのだよね。」と彼はいった。「そうだね。この街にいるそのほんの一部を君と一緒に見たことになるね。」と鳩は言った。彼は「君の生まれたのはやはりあの北の街だね。」と彼は静かに鳩に聞いた。「そうだよ。もともとはあの北の街だね。でも、同時にこれまで君がいたことのある他の場所やそれ以外の所でもある。それは僕の体に刻まれた色々なものや装飾品を見て君も知っているよね。それにどんな生き物だって体の土台はある程度時代でできているようなものだからね。いろいろな所を旅して、複合的に実体化したのが僕なのだ。」と鳩は答えた。彼が黙っていると鳩は続けて、「今の時代では鳥が跳ぶことはとても自然なことではあるけれど、この首飾りによって、これをつけた鳥が幾分異質に見えることも、そしてかなりの数に上ることも事実だと思うよ。僕はそれを端的に顕す鳥でもあるからね。」と言った。彼は「そうだね。君が教えてくれたように君は宛名付きの直行便ではないのだし、鳥は無数に分化できる存在で、時間係数の存在や浮かぶ鳥に少し似ていることも関係するものね。」と言った。彼は鳩の頭を撫でると、「それに君のことは好きだよ。いずれにしても。」と言った。鳩はくすぐったそうに嘴で自分の体を整えた。彼はそれを少し眺めてから、鳩に「君にはその、愛情みたいなものを感じるのだけれど、いったいいつ頃から僕を目指して飛んできたのか教えてほしいな。」と尋ねた。鳩は「どうしても聞きたいかい。」と彼に言ったが、彼の瞳に自分の姿がずっと映されているのを目にして、すこしため息をつくと、「じつは君そのものを目指したのはほんの最近の話だよ。それに僕は君に鳩として受け取ってもらえたから話すことができたけれど、こんな姿をしていても万が一、鷹として受け入れられたら話すことはできなかったからね。」と言った。彼が無言で頷くと、鳩は「君はあの鳥達のことをどう思うの。」と聞いた。彼は「鳥の飛翔そのものは自然の流れの範囲内であり、これまで地下を通っていたものやどこかに蓄えられていたものが日差しの下にでたとしても、浮かぶ鳥や首飾りによって幾分強調されているにすぎないと考えることもできるだろうね。でも、その自分に関係のある鳥が無数に飛び交っているのなら、たとえまだ僕が鳥を飛ばしていなくとも責任は既にあるし、だからこそ僕にできるだってあると思う。」と鳩にいった。鳩は「そうだね。それに首飾りの記号は暗に君を示しているからね。君は行動する必要があるのじゃないかしら。」と答えた。彼は『そうだね。鳥をみたり、受け取った人たちは関係者なのだし、その後でどんな鳥か知りたいと思うこともとても自然なことだろうね。またあの鳥を大切に育てたり、浮き鳥に近いものとして好意的に見る人もいるだろうから、なおさらだね。』と言った。鳩は「何か心配なことが他にあるのかい。」と尋ねた。
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