The distorted and intricate arrows ChapterⅠ 7.The aspect of S4

川上は席に戻ると横の年上の女性社員からR社人事の中越さんから電話があった、と伝えられた。彼は20代後半、R社の人事からS社に出向してきて2年ほどが経つ。といってもR社の人事業務の主要な部分は札幌の人事部で行われており、彼は東京の庶務的な業務を行っているにすぎない。出向は会社判断だとしても実際の業務には少々不満がある、とひそかに思っていた。それにR社の業務委託の件を聞いてひょっとしたら自分の戻る場所がなくなるのではと、不安を感じはじめてもいた。中越とはR社の人事で、直属ではなかったものの、見知った関係ではあった。彼は折り返し中越に連絡すると、中越は普段通りの落ち着いた声音で「最近調子はどうだい。」と聞いた。彼は周囲をすこし見やって、「それなりに元気でやってます。まだまだ覚えることは多いと思っていますけれど。」と答えた。中越は「そうか。元気ならそれに超したことはないね。本当に。お互いそれほど離れているわけじゃないんだから、今度食事にでもいこうよ。ところであの案件については知ってるかな。」と言った。彼は「ああ、知ってますよ。こっちではだいぶ盛り上がっています。」と答えた。中越はわずかに間をあけて「小杉さんて有能な人なんだってね。どんな仕事をしてるの。」と聞いた。彼は「他社の人事業務を受託している部署をまとめてるはずですよ。札幌の方の詳細は分かりかねる部分もありますが。」と答えた。中越は「そうか。それはそうとね、あの案件の委託後の統括する人間としてもちろん君も有力な候補として考えてるよ。こっちの受け入れ準備などでこれから連絡を取り合うこともあると思うけれどよろしくね。」と言った。彼は「そうですか。分かりました。こちらこそよろしくお願いします。」と少しうわずった声で返した。中越は食事の時のためといって改めて彼の携帯の番号を聞き出すと電話を切った。彼はいつも通り慎重に行動することに決めたが、小杉とはあまり話したこともなく、案件について正式には何も聞かされていないことが少し気がかりだった。