an island~an extract from a hidden ship`s log~13.a special postal service.

空に戻る雨のかわりに、辺りには漆黒の夜がどこからかそっと浸みてきたようだった。船員は歩くのを止めて、眠りにつく場所を探すことにした。背の高い木が路のすぐ近くに枝を大きく広げていたので、船員はその根元に泊まることにした。その深い根元には夜が一足先に漂っていて、船員は木の窪みに寄りかかって脚を延ばし足首をほぐすと、ほっと一息ついた。木の根元は雨水を木の葉と枝がよけるのか、適度に乾いていて足元の砂はさらさらとした感触を船員の手のひらに返した。船員は落ちている枝を腕と手でまるく寄せて、胸元のポケットから密閉された容器を取り出し、中に収まっていたマッチを一本指先で引き出すと、シュッと擦って枝の塊に火をつけて、唇で風を送り込んだ。4,5分もそうしていると、火は徐々に強さを増していった。そのささやかな焚き火と薄い煙のむこうに、丸みを帯びた動物がやってきたのはそれからすこしたった頃だった。その動物は遙か遠く空の彼方から、ゆったりと降りてきたが、それでも降下の勢いを和らげきれなかったものか、船員のいる木から少し離れたところでふわりと一度地面に弾み、今度は横に滑るように漂って、船員を焚き火越しに眺めることのできる位置までくると、体に隠れていた脚をのばして着地した。白くてふかふかした胴体に体よりもだいぶ大きな翼を纏い、薄い黄緑色の嘴と脚をつけた鳥のような生き物の上には、黒地に小さな銀色の帯びをつけた角の取れた山高帽に赤と紫を基調とした綾糸で織り上げたスカーフを首に巻き、白いシャツを着て、やはり黒いズボンを身につけた小柄な人が乗っていた。そのひとがつかまる鳥の胸元には、水面に映る日の光も眩しい小川のすぐそばで大きな日傘を広げて花摘みをする眉間を前髪で丁寧に隠した若い女性たちの絵柄が静かにしかし彩りあざやかに彫られた大きな首飾りがやわらかく光沢をおびる黒いリボンで架けられていた。その小柄なひとは鳥の首をひと撫ですると軽やかに地面に降り立った。耳には漆黒の艶やかな石をはめたピアスがしんと収まっていて、そのひとの黒くきらりと輝く瞳とあいまって、その美しく端正な顔の輪郭に凜としたおもむきを強めていた。その小柄なひとは、「こんにちは。お届け物です。」といって大きな鞄の中から、封書を取り出して、焚き火のそばを歩いて船員の手に預けた。船員は「あなたはどなたですか。」と船員は尋ねると、その小柄な人は「エアリンク&ネットワークの者です。今まであなたはお気づきでなかったかもしれませんが、私達は敢えて説明しようとするならば、未知なる領域が今なお大部分をしめる茫漠とした宙にあって、次の人類のために豊かな土壌を醸成しようとして生まれたやわらかな組織体のようなものであり、価値を共有し、あるいは伝達して、新たな価値を創造する一助となることこそ私たちの仕事であり存在理由の一つでもあるのです。込み入った話はさておき、あなたは内容を確認すべき場所にいるようですから、ぜひどうぞ。」と言った。船員は「いままではこの封書はどうなっていたのですか。」と尋ねると、そのひとは「存在証明にあたるものや諸々の書類で私達の方で扱える分については認め印をついて返送したり、それ以外のものは宙雲の任意の場所に蓄積しております。実際に皆様に届けるかどうかは私達の裁量に委ねられた行為であると宇宙通信法第四条第二項で規定されております。けれど今回は生存証明の確認状も送られてきていることですし、きっとよい契機であると我々が判断し、宙に留められていた書類のほんの一部を通常の確認業務を兼ねて、お届けすることにしました。可能でしたら一番上の書類の中央の囲み欄にあなたの署名をお願いします。」と言った。船員は「なるほど。届けていただいたことに感謝したいと思います。以前から宙にある私関係の書類については一部を人づてに知っておりましたが、あるいは知らないことにして行動することも必要ではないかと思っておりました。」と言った。小柄なひとは「宙に関するものはきっと一人の人間の手には余るものでしょう。けれど、人もこの時空に滞在する時間が経るに従って、ある程度宙にある自分に関係する書類についても責任が発生するものではないかと私は思います。宙の事項は良くも悪くも、人々の思念や行動、取り巻く環境に密かにしかし密接に影響し、前提の一部となることを私達は学んでいます。」と言った。船員は「なるほど。私も今ならばそう思います。あなたのおっしゃる時機なのかもしれません。」とゆっくりと頷いた。すると鳥のような生き物が小柄な人に寄り添ってきたので、船員は一息ついて鳥をしげしげと優しく眺めて、「それにしてもそのきれいな鳥はふっくらを通り越して、やや球体に近づこうとしているように見えますね。」と言うと、「たとえそのようにご覧になったとしても実際に口に出すとはじつに失敬ですね。鳥の姿について人に指摘されてもちょっと困ります。それにあなたは地面に少しいるだけで、もう空の事をお忘れですか。鳥の美の基準を地面での立ち姿におかれてもやはり当惑を禁じ得ません。この姿は空ではなかなかにスタイリッシュだと言われています。あなたの乗っていた飛行船にしたところできっと私に似ていたに違いないと思うのですけれど。」と鳥が答えた。船員は「それは失礼しました。確かに光の速さですすむとあなたはきれいな流線型となることでしょう。」と言うと、鳥は「そうですとも。それにこれから海に潜る予定なのです。海の中では、その、少しふくよかなくらいがちょうどよく、いわば機能美ともなるのです。あなたはあのペンギンやイルカといった動物を知らないのですか。」と言った。するとそばの小柄な人が朗らかに笑って「鳥の美の基準の有無や傾向、推移はさておき、好みはいつの時代も個性的なものですからね。私としては骨っぽい鳥よりもすこしふっくらしているほうが美しいと思います。けれど、この鳥がどんな姿をしていようと私がこの鳥を好きであることにかわりありませんよ。鳥の真の姿は目に映るものだけではないのでしょう。」と言った。船員も「そうですね。」と答えた。小柄な人は尚も笑って「それに目的のないダイエットやモデルのいないシェイプアップをしてもあまりに禁欲的すぎて長続きしないようです。余分なものもただ吸引してしようとするとするだけでは痛みが発生し、かりに取り除いてもまた復元してしまうようです。そして、前に試したことがあるのですが、鳥は絞っただけではピリピリして空を翼に纏うことがどうやら難しくなり、視野も狭く短くなるのか、長い距離を飛翔する場合のトータルのスピードもいくらか鈍ります。何か大切なものやわくわくすることのために飛びながら、余分なものを集めて燃焼する方がよほど本能にそった行動なのかもしれません。」と言うと、鳥の方を優しく撫でて「さて次のお客様の所に向かうことにしましょう。重力は時に心地よいものでもあるそうですが、この鳥も私もあまりにこの地面に近すぎては脚を掴まれてしまいそうです。私達は飛ぶことが仕事の一部なのです。いつか向こうでお会いしましょう。」と言うと丸い鳥と小柄な人は空に向けて、ゆっくり浮き上がっていった。星の瞬く夜にはたくさんのまるい鳥たちが涼やかな秋の月の光を受けて、透き通るような静かな彩りを帯びて、ふわりと浮かびながら、ゆっくりとどこかに移動していった。