Long time no see but little invisible 5.a strange tailor.

昔々まだ空と地の境が遠く曖昧だった頃、鐘の音を美しく響かせる尖塔が空高くそびえるこの街から、山脈を幾つか越え、海を渡ったあたりのお話です。
ある街の仕立て屋が、それまでのながい仕事で四角い大きな鍵と錠前がしっかりと備え付けられた机の引き出しに保管してあった布の切れ端だけを掻き集めて、それまで作ったことのない肘まで届く手袋を縫い上げました。そこに一人目の男が現れて、「私にぴったりの帽子を作ってください。」と言いました。店の主人は、「私の見るところ、君は心の底では帽子を必要としていないのじゃないか。」と言いました。男が答えに困って黙っていると、店の主人は机の上に置かれてある手袋を見せて、「ぜひ着けてみたまえ。これこそが手袋だ。」と言って男に着せました。男が「指先の部分が入らないようです。」と言うと、店の主人は顔を青く染めて「この手袋が入らないとは君はじつに小さな男であるようだ。手袋にふさわしくない。帰りたまえ。」と言って店の外に男を締め出しました。翌朝、二人目の男が店にやって来て、「パーティーに行くので、きれいなハンカチーフをください。」と言いました。店の主人は、「パーティーに行くのだな。君は知らないだろうが、会場に入るまでが大事なのだ。この手袋をつけたまえ。」と言いました。男は小首を傾げましたが、おとなしく手袋を付けました。「なんだかだいぶ緩いようです。前腕の部分の布が余っているようです。」と言うと、店の主人は声を張り上げて、「それほど余裕があるとはすばらしい手袋だ。そうだ。ぜひ買って行きたまえ。」と言いました。男は後ずさって、「結構です。別に用事がありますから。」と言って店からでて行きました。店の主人は「手袋を買うお金もないのにパーティーとはけしからん。しかしこれで手袋のすばらしさが改めて分かった。」と店員や店の外まで聞こえるような大きな声で言いました。その夕方、3人目の男が店に立ち寄りました。男は「私はとても寒がりなので暖かなコートを作ってください。」と言いました。店の主人は、「コートで暖を取るのもいいだろうが、風が入っては仕方がない。この手袋こそつけたまえ。」と言いました。男は黙って、手袋を着けてみました。男は「じつにぴったりして私の手と腕のようです。」と言うと、店の主人は男の顔をしげしげと眺めて眉をそっとひそめると、「そうだろう。すばらしい手袋だ。だが、そんなに手と腕と同化してしまうのなら必要ないのではないか。仕立屋の立場からいわせてもらえば、甲の部分が少し張り詰めているようだ。」と言いました。男は黙って店から出ていきました。店の主人は、このすばらしい手袋が必要な男はいないものか。」と呟きました。あの寛大な趣のある湖の水の最初の一滴が空から丸く零れて、ひんやりとして深く静かな森のすらりとした木の葉のひとつをそっと揺らしたのはそれからまもなくのことだということです。雫は鞠のようにはずみ、やがて清流となり、谷間を緩やかに縫って、大陸の中央にある火山が熱く爆ぜた後のカルデラに注いで湖になったと伝わっています。その小さなとても深い湖は、広大な宇宙のただ中にあって、寛大な趣で微笑みながら空の月をみなもに青く受けて、天の恵みを顕しているそうです。そして今日も尚その澄んだ大きな瞳で、夏には空高く昇る黄色い太陽を映し、秋には山々の様々な色彩と感触の木の葉を思慮深く受け、冬には雪と氷の紋様を綾なして、春には森の生えそろう青葉とそれを支える木の根と幹の揺り籠となっていると聞こえています。