The little garden in a village around space.1.

 あの白い港から見える明るい海の遙か彼方、深緑の大小の島々の間、雪を纏う山々の谷間に、ある小さな村がございました。この村の中央の広場近くには、四つ五つくらいの高い塔が建てられており、村の縁には、海原のそば、山の麓、宙空の端に通じる門がございました。この場所は世界を旅する人々や動物たちがいつのまにか必ずみな立ち寄るところであり、そして、広場の隣にある市場では、果物や木の実などの森の恵やお酒やお菓子といった交易の品々が毎日売り買いされては、どこかの街へと運ばれていくのでした。ある旅人の革製の日記帳によると、この村には愛らしいイルカの赤ん坊の顔くらいの耳の大きな人の形をした妖精が住んでいるそうです。
 ある日、村の住人のなかでもまだ若い、キプロス・ウェザーマンが紙の包みを小脇に抱えて家をでました。暁の空は端の方からうっすらと白みはじめ、白く細長い雲が夜の余韻を残しながら、光をうつしていました。キプロスは村のなかを流れる川にアーチ状に架かる橋を渡り、広場近くの巻き貝のような形をした塔の入り口にやってきました。扉を開けようと手を前に伸ばすと、金属製の重そうな扉は、彼の指のわずか先で音もなくゆっくりと開いていきました。塔のなかは半透明になっていて、クリーム色のやわらかな明るさにみちていました。円を描きながら、螺旋状にくるくると空の方に巻き上がる緩やかな階段を一歩一歩進むと、平らな場所にたどり着きました。鍵穴のような形にくり抜かれた入り口を通り抜けると、円型の庭が空中に浮かんでいて、桜やユリやバラ、チューリップなどの花が咲いていました。その花園の片隅には、彼と同じような大きな耳をした老人が木の椅子に腰掛けて、様々な色彩の絵の具や筆などの画材一式や紅茶、「南国の花園より」というラベルのついた蜂蜜などを入れた陶器をそばの円形のテーブルに広げて、なにやら絵を描いていました。老人のそばには向こう側まで映すような小さくて丸い水晶をしきつめたガラスの池がございました。そして、その池の上の方、空中のある場所から、水が小さな虹をともなってシャワーのように水晶玉の表面に注いでいました。池の近くの白い壁には緑色の蔦が空の方に向けてはしり、振り子式の大きな古時計が架かっていました。「こんにちは。」と彼はいいました。老人は「こんにちは。」とだけ答えました。キプロスが「とても大きな古時計ですね。」と言うと、老人は少しだけ首を傾げて、『これは時計と呼ばれるより前の古代から伝わる機械でね、むしろ宇宙の「量り」と言った方が通じるかもしれないね。』と言いました。キプロスは「何をはかっているのですか。」と尋ねると、老人は静かに「振り子のすぐ右側とそしてやはり左側を見てご覧。」と言いました。振り子の右側には白い宝石が二つ三つ輝き、左側には同じような形状のしかし黒色の宝石が同じ数だけ鈍い光を放っていました。
キプロスは「この白い宝石は何ですか。」と尋ねると、老人は「そのひとつは世界中の教会の鐘の音を集めたものであり、もうひとつは何と説明すればよいかな。願いのようなものだよ。もっとも、白い宝石はいくつもの種類があって、どんなものを集めるかは選択することができるよ。」と答えました。キプロスが、「ではこの黒い宝石は何ですか。」と言うと、老人は「そのひとつは戦車の音であり、もうひとつは戦いへの身震いするような心臓の音だよ。」と言いました。キプロスは「この振り子は今は白い方に傾いたまま止まっているようですね。」と言うと、老人は「それはこの塔のある所を示しているんだよ。振り子の上の目盛りを動かしてごらん。」と言いました。キプロスが、青色に輝く球体にそっと指を触れると、目盛りはカラリとした音を奏でて黄色に変わり、白い宝石の場所からあらわれた数人の小人たちと黒い宝石からあらわれた数人の小人たちが、中央の振り子をすぎた所で回れ右して、今度は振り子の端に小さな手をかけて両側から押し合って、しばらく振り子をプルプルと動かしました。老人が「もう一度振り子の位置を見てご覧。」と言うのでキプロスが振り子に目を戻すと、振り子はわずかに黒色の宝石の方に近づいているようです。キプロスが球体を上下左右にちょっと動かすごとに、球体の色と振り子の位置は少しづつ変化していきました。キプロスが幾度か球体に触れると、球体はやがて、まんなかからだいぶ白い宝石に近づいた位置で止まりました。時計の針を見ると、そこには「八月十五日」という古代文字が浮かんでいました。キプロスが「この目盛りはどのくらい白い宝石に近いのでしょうか。」と尋ねると、老人は少しだけ微笑して「すくなくとも永久というよりはむしろ現在の状態を示していることは確かなことだよ。」といって、また絵筆をとって絵に向かうと、「この村、そしてこの塔は、皆が知っているように、宇宙の声と音をきくのにとても良い場所でね。この古時計は我々妖精がそうするずっと前からこうして耳を澄ましているのだよ。」と呟くように言いました。
 キプロスが塔のベンチに腰掛けてそっと耳を澄ますと、春の花の咲く息吹や、夏の緑の香り、秋の風の爽やかさや、冬の雪のひんやりとした感じがいつまでもきこえてきました。