The simple tales to hold the earth by its tail.8.a strange rainwear.

昔々、遙か西の国の港を巡り、やがて未知の南の国を目指したという船団が、坂の多い港町に寄港したあと、暁に遙か遠くの洋上へ向けて帆をはり、今日も尚秋から春にかけて大陸沿いにひんやりと冷たく吹く風にのってしばらく航海していた際、月の明るい夜に、白鯨の群れと遭遇したと航海記録に残っている前後のお話です。
ダニエルさんの家のクレモンテ君は朝早く起きて、庭にでると、空は既にどんよりと曇っていて、やがてポツポツと雨粒がおちてきました。「今日は雨だね。」とお隣に住むモンベルさんが、庭の低い柵ごしにいいました。クレモンテ君は、「そうですね。うちに傘あったかな。どうかな。」とちょっと首を傾げました。モンベルさんが、何か言おうとしたとき、ダニエルさんが戸口からあらわれて、大声で言いました。「雨が降ろうと関係ないね。」モンベルさんは、「もう降ってるじゃないの。傘をもっていかないとね。」と言いました。ダニエルさんは、「傘なんて人間のもつものじゃないね。片手を上に上げたまま歩くなんて、重力に逆らうような行為はだめだね。」と言いました。モンベルさんは、肩を少しそばめて、「それじゃ、帽子をちゃんとかぶって、レインコートを着ていったらどうかな。」と言いました。ダニエルさんは、「君ね。人間にとって大事なのは、頭じゃなくて心臓なんだよ。傘も帽子も頭を保護するものじゃないか。それにレインコート。一枚を大きく羽織るなんてお手軽だね。簡易であることは精神を弱める。レインコートなんて己を大きくみせたい奴が着るものさ。」と言いました。モンベルさんは、「ではどうする気なんだい。」と言うと、ダニエルさんは昨日から軒先に干してあったTシャツを取り出して、モンベルさんに見せました。モンベルさんは、「なぜTシャツなんだい。」と尋ねると、モンベルさんは「決まってるじゃないか。Tシャツのことならよく知っているんだ。それ以上の根拠が必要なのか。これなら、新しく雨具を手に入れることも必要ないし、他の力を借りることもない。」と答えました。モンベルさんが「Tシャツでは、雨を通してしまうとおもうけれど。」と言うと、ダニエルさんはそれには答えず、それまで着ていたシャツの上に、一枚重ねて着ては、バタバタ、もう一枚重ねてはバタバタとやります。ダニエルさんは、「仮に水を通す素材でも重ねて着ればいいのさ。Tシャツならば、何色でも何枚でもあるんだ。しかし、一番上に着ているTシャツこそ正しいTシャツに違いない。不自然だろうがなかろうが、くるめてかぶせて、そののちひっ叩く。揺すぶるのもいい。この一連の行為こそ装うってことを君は知るべきだね。」と言いました。モンベルさんは、ちょっと肩の力をおとして、「よくもそんなにTシャツを重ねられるものだね。」と言うと、ダニエルさんは、「やるものだろう。一枚重ねる毎に、すこしづつちいさなTシャツを選べばいいのだ。これがすなわち解決するってことだよ。やがて雨に濡れることなんてちいさくなったTシャツくらいちっぽけな問題に思えるさ。」。しばらくして、縞々模様の出で立ちをしたダニエルさんが街に出掛けていきました。この西の国の話を街のひとから笛と竪琴、バイオリンをもった吟遊詩人の一団が聞きつけ、箱型の馬車にのって、千里万里を旅して、森におおわれた東の国で柿と夏みかんの表紙の平たい絵本になり、みなが暖炉の前で愛らしく手を握って眠る子供を優しくあやしながら、読みきかせることができるようになったのはそれからすこしたった頃だということです。