The simple tales to hold the earth by its tail.9.a strange festival.

昔々、遙か西の国の港を巡り、やがて未知の南の国を目指したという船団が、坂の多い港町に寄港したあと、暁に遙か遠くの洋上へ向けて帆をはり、今日も尚秋から春にかけて大陸沿いにひんやりと冷たく吹く風にのってしばらく航海していた際、月の明るい夜に、白鯨の群れと遭遇したと航海記録に残っている前後のお話です。
水平線のどこまでも続く海と見渡す限りの彼方まで重なり合う山々、いつまで歩いても足許には乾いた砂に覆われた砂漠に囲まれた大きな街のお話です。この街では、季節のかわりめになる頃に、街の隣あう地区の人々が集まって、お祭りをしていたそうです。ある商人が通りかかったそのときも丁度祭りの時季であるようでした。街のひとを一人つかまえて、こう尋ねました。「お祭りをなさる理由は何ですか。」。街のひとは、微笑して、「あなた。祭りというのは、どこでも頃合いになると、半ば当然のものとして、半ば偶然を装って開かれるのです。あなただってご存知でしょう。」と答えました。商人は、「そうかもしれませんね。」と言いました。街のひとは、「今日は広場で踊りがあるのですよ。地区毎の踊りで、とても楽しいですよ。ぜひ観ていってくださいね。」と言って、近くの屋台の暖簾をくぐって、席に座わりました。商人は、街灯のもとの小さな屋台でボイルされた鶏肉とソーダ水を買って、見物席に座りました。やがて、街の教会の鐘の向こう側に白くひかる月が昇った頃、踊りが始まったようです。いくつもの集団が、かたまりになっているようでしたが、商人の目には、様々な背格好や年齢の男女、それでも同じ地区の人間であるのでしょう、そろいの赤の着物をきた人々がとくに映えました。持ち物も、盾や矛、辞書や銅貨を模したような円盤と様々。ところが背負った袋の中から、そろいの熊の着ぐるみを取り出して、一斉にかぶったのでした。彼らの踊りの賑やかで荒々しくも勇壮なことといったら、いろいろな街を歩いてきた商人もかつて観たことがないほどで、見物席の人々の間からも、感動とも畏怖とも思えるような拍手が湧きます。「まるでつぼみから花が咲くようなエネルギーを感じる。あれこそが踊りの真髄であるようだ。貴方もそう思うでしょう。」と隣の席のひとも叫びます。しばらくの間、人々は、熊の着ぐるみの人々の踊りを眺め続けたのでした。前の観客の背中を包む黒の景色がすこしだけ濃くなったことに気づいて、商人が上をみると、街の上空を大きな雲が丁度ゆるりと通ったところでした。商人が目を広場に戻すと、熊の着ぐるみの集団が踊り広がるその外側にウサギの着ぐるみを着た集団が遠慮がちに踊っているのが目に入りました。商人は先程の隣の観客に、「ウサギの着ぐるみさんたちはちょっと元気ないですね。」というと、隣の観客は、「一昔前はちょっと違っていたのだけれどね。今回の祭りはちょっとまずいね。ご覧。あれじゃ白いウサギの集団は、熊の着ぐるみの集団だけが大きく見えてしまう。熊の姿も影もまるのみになってしまう。」と言いました。隣の観客が言い終わるやいなや、茶色の熊の着ぐるみ集団が白いウサギの集団を少々強引に取り巻いてぐるぐる踊り、白い着ぐるみのウサギは、熊の着ぐるみに接した周辺からあっという間に茶色の熊の、隣の集団よりはだいぶ小さな姿へと変わってしまいました。それでもほんの少しのあとには、祭りの観客たちの目に茶色の小さな熊に、白いウサギの耳としっぽが残っていることがはっきりと映っていたのでした。
笛と竪琴、バイオリンを抱えた吟遊詩人の一団がこの話を耳にし、箱型の馬車をひく馬を駆り、皆で千里万里を旅した後、森におおわれた東の国に伝えたそうです。やがて、数々のお話は柿と夏みかんの表紙の平たい絵本になって、みなが暖炉の前で子供の愛らしい手を握って優しくあやしながら、安らかな呼吸のなかで、読みきかせるようになったということです。