The simple tales to hold the earth by its tail.12.a strange ark.

昔々、遙か西の国の港を巡り、やがて未知の南の国を目指したという船団が、坂の多い港町に寄港したあと、暁に遙か遠くの洋上へ向けて帆をはり、今日も尚秋から春にかけて大陸沿いにひんやりと冷たく吹く風にのってしばらく航海していた頃のこと、丸くはずむ月が、夜空に浮かんだ明るい夜に、帚星が尾をひいたその時、白鯨の群れと遭遇したと航海記録に残っている前後のお話です。
 ある海に浮かぶ妖精の島に箱作りの上手な妖精がいました。この妖精の作る箱はどれも素晴らしいできばえで、遠く海の向こうの国にも運ばれるほどでした。ある時、妖精の仕事場にひとりの商人がやってきて、「箱を売ってほしい。」と言いました。男は「どうぞ。」と出来たばかりの手頃な大きさの箱を商人のもっていた金貨数枚と交換しました。商人はあくる日も妖精のところにやって来て、「昨日と同じ箱を売ってほしい。」と言いました。妖精は、「私は同じ箱は二度と作らないつもりなのだけれど。」と言いましたが、商人が「どうしても同じものがよい。まえに売れたものは引き続き売れるのであるから。貴方ならば同じ箱を作ることなどわけないことでしょう。」と言いはります。妖精はそれを聞いて、それならばと、そっくり同じ箱を作って、商人に渡しました。そのあくる日も、そのまたあくる日も商人はやって来ては同じ箱を買っていきました。妖精はその度に、ひとつ、またひとつと同じ箱を作ったのでしたが、ひとつ作る毎に、少し早く、少し楽に、同じ箱を作れるようになり、そっくり同じ箱を作ることがなんだかすこし楽しくなってきたのでした。ある日、妖精が、商人に「こんなに箱を買ってくださるわけですが、ところで私の作った箱は何に使われているのですか。」と尋ねると、商人は「この島はあまりにも小さいので島を足すのに使っているのです。それ以上は答えられません。」と言いました。妖精が箱をひとつ手渡す毎に、島は膨らみ、そして海へと広がっていきました。やがて島の妖精という妖精が増え続ける箱になれた頃、島の岬のある妖精が、「ところで最近は津波が来ていないようだ。さていつくるものか。」と言いました。その日から、箱は空に向かって少しづつ高く、高く積まれていきました。やがて、箱が空高く積まれた頃、ひとりの若い妖精が「私もぜひ先人と同じように箱を持ちたいものだ。」と思いましたが、島のあちこちを探しても、箱を積める場所がちょっと見つかりそうにありません。この若い妖精は、「そうだ。箱の中に箱を入れてしまえばよいのだ。」とふと気づき、商人に「今島に出回っている箱よりもだいぶ小さな箱がほしいのだ。」とそっと注文しました。商人は「仰せのままに。商人は注文を聞くことが仕事ですから。」と言いました。商人は箱作りの妖精のところにやって来て、「これまでよりもだいぶ小さな箱を作ってください。大きな箱を作る貴方ならわけはないでしょう。」と言いました。妖精はそれもそうだと思い、これまでよりもだいぶ小さな箱を作って渡しました。商人は、若い妖精にそれまでの箱よりもだいぶ小さい、けれども確かにできばえのよい箱をすぐに売りました。若い妖精は『これで私も「箱持ち」には違いない。』と手を打って喜びました。不思議なことに、あくる日も、そのあくる日も、商人への小さな箱の注文は途切れることなく続き、妖精はまた懸命に小さな箱を作り続けたのでした。やがて島の隅々、空高くまで敷き詰められた大きな箱のなかは、小さな箱が重なり、充ち満ちて、ギュウギュウミシミシ、ギュウギュウミシミシ、と音をたてるようになりました。とても若い妖精が「小さな箱の外側から内側に取りつけられる小さなカプセルのような庭がほしいものだ。」と商人に注文しました。商人は箱作りの妖精の所にやって来て、「ついでに小さなカプセル型の庭を拵えてください。箱を作ってきた貴方なら、小さなカプセルを拵えることなでわけないでしょう。」と言いました。箱作りの妖精はカプセル型の庭を作って商人に渡しました。商人はこの小さなカプセル型の庭を、このとても若い妖精に渡しました。とても若い妖精は喜んで、「これならば扱いやすい。管理が容易であることこそよい庭であることだ。そとから水を入れてもきちんと木の葉の先まで行き渡るではないか。」と言って、小さな箱にカプセル型の庭を取りつけました。やがて島の小さな箱という箱に、カプセル型の庭が取りつけられた頃、ある異国の妖精が島にやって来て、「これならば、とても簡単だ。」とカプセル型の庭に左手を入れると、呪文をムニャムニャ唱えました。あっという間に、カプセル型の庭は、熱帯の木々のおい茂る小さなジャングルに変わったのでした。異国の妖精が同じように左手をかざす度に一つ、また一つと小さなジャングルが増えていったということです。
 笛と竪琴、バイオリンを抱えた吟遊詩人の一団がこの話を耳にし、箱型の馬車をひく馬を駆り、皆で千里万里を旅した後、森と水の豊富な東の国に伝えたそうです。やがて、数々のお話はみな、柿と夏みかんの表紙の平たい絵本になって、雪の降りしきる夜に、親たちが暖炉の前に有る、銀色のさらや燭台の置かれたテーブルのそばの明るい色のソファーに腰掛けて、子供の愛らしい手を握って優しくあやしながら、安らかな呼吸で、読みきかせるようになったということです。