The simple tales to hold the earth by its tail.13.a strange forest watch.

昔々、遙か西の国の港を巡り、やがて未知の南の国を目指したという船団が、小高い丘と坂の多い港町に寄港したあと、暁に遙か遠くの洋上へ向けて帆をはり、今日も尚秋から春にかけて大陸沿いにひんやりと冷たく吹く風にのってしばらく航海していた頃のこと、丸くはずむ月が、夜空に浮かんだ明るい夜に、帚星が尾をひいたその時、白鯨の群れと遭遇したと航海記録に残っている前後のお話です。
 山々の連なる間の平らなところ、渓谷が錦の綾を織りなすあたりに妖精達の住むという小さな村がありました。村のなかにはとても大きな樹木がたくさん生えていて、春には花を、夏には緑を、秋には果物の恵みを妖精達の村に届けていました。 ある年の春のこと、村近く、霧立つ小高い山の頂に妖精の手で、それはそれは美しく高い塔が建てられました。その塔には中程よりもだいぶ空の方にのぼる部分に七色の糸で編まれた大きな羽が忽然と生えていて、陽光を受けては、まわりに光を反射していました。この塔の働きかどうかは定かではありませんが、塔のまわりの気候は幾分温かくなったということです。しかし、そんなある日、この小さな村の一人の妖精、アッピアーが朝起きて、家の近くの大きな樹木の一つをふと目をやると、空に向いている葉と葉が無数に重なる部分と枝のあちこちに変色している部分があることに気づきました。アッピアーは「たいへんだ。この村の大切な樹木が変色している。」といって村の他の妖精に触れて回りました。村の妖精達は木のまわりに集まると、ある者は首を傾げ、ある者は何か頷いているようでもありました。妖精達は口々に、「この樹木は病気なのではないか。」「いやいやこんな色の樹木もあるかもしれない。」などと話合っていました。そのうちになかでも声の大きな妖精のカールが、「ここは。」と喉をばっくりと開き、村中に響けとばかりの大きな声で、「他の樹木と違うとは平等でないこと著しい。間違いなく悪魔の所業であるにちがいない。断固取り払うべきである。」と叫びました。妖精達は、樹木の変色した部分を取り払うことにしました。妖精カールは、「私にこそ妙案がある。樹木とは表面こそ大切である。絵の具を塗って他の樹木と同じ色を取り戻すのだ。」と今度はさらに大きな声で叫びました。ある妖精達は、樹木に色を塗ることに反対しましたが、並みいる妖精達はとにもかくにも、絵の具でこの樹木の色彩を直すことに決めました。妖精達はさっそく白馬のしっぽの毛でできた大きな筆を緑色の絵の具で満たしたバケツに浸して、色を塗り込みはじめました。けれども、いくら緑色を浸した筆でなぞっても、他の樹木と同じような色に戻りません。妖精達は「きっと黄色が足りないせいだ。」と言って、やはり白馬のしっぽの毛でできた筆を、今度は黄色の絵の具を満たしたバケツに浸して、樹木に塗り込みはじめました。ところが、それでもいっこうに他の樹木の色合いに近づきそうにありません。ある妖精が「そういえば、昔、ある長老がよい樹木とはちょっと赤みを帯びているものだと言っていたのを聞いたことがある。少し赤を加えてみてはどうだろう。それがよい。」と言いました。妖精達はまた白馬のしっぽの毛でできた大きな筆を赤色の絵の具で満たしたバケツに浸して、赤色を塗り込みました。しかし、それでもいっこうに他の樹木の色に近づきません。妖精の一人が、「自然界の樹木はいろいろな色彩をもっているらしい。微妙な匙加減こそ自然の習いである。」と言うので、今度は、白、紫、灰色に、茶色をそれぞれバケツに満たして、樹木に塗り込めていきました。妖精達は陽が西の方に傾きかけても、休むことなく作業を続け、さらにたくさんの色の絵の具を加えましたが、妖精達が色彩を加えれば加えるほど、変色した樹木の色は少しずつ黒ずんだ色に変わっていきました。妖精達は、慌てて「色彩を重ねるだけではいけないらしい。いまこそ葉と葉、枝と枝を合わせて一本の木にしなくてはならない。」といって、ギシギシ、ゴシゴシと作業を開始しました。妖精達はまもなく葉と葉、枝と枝を束ね、「妖精の力業を見たか。これこそが妖精の魔法である。」と快哉を口々に叫んだということです。しかし、一度纏められら葉と葉、枝と枝も、春の陽光と風のもとで、妖精達が思うよりも早くするするとほどけて、後には樹木全体に絵の具がひろがった樹木が一本残りました。この出来事は、季節が初夏にかわり、小高い山の上の美しい塔の七色の羽が陽にあわせて少しかたちをかえ、塔の麓の村々の樹木に投げかける影の場所と色合いもすこしだけ動くまでのわずかな間の出来事であったということです。この谷間には今でも夏になると、月夜の晩に、南の海の方から渡ってくる愛らしい小鳥の鳴き声がびんびんと響きわたっているそうです。
 笛と竪琴、バイオリンを抱えた吟遊詩人の一団がこの話を耳にし、箱型の馬車をひく馬を駆り、皆で千里万里を旅した後、森と水の豊富な東の国に伝えたそうです。やがて、数々のお話はみな、柿と夏みかんの表紙の平たい絵本になって、雪の降りしきる夜に、親が銀色のさらや燭台の置かれたテーブルのそばの暖炉の前に有る、明るい色のソファーに腰掛けて、子供の愛らしい手を握って優しくあやしながら、安らかな呼吸で、読みきかせるようになったということです。