The simple tales to hold the earth by its tail.16.a strange mariner.

昔々、遙か西の国の港を巡り、やがて未知の南の国を目指したという船団が、小高い丘と坂の多い港町に寄港したあと、暁に遙か遠く洋上へ向けて帆をはり、今日も尚秋から春にかけて大陸沿いにひんやりと冷たく吹く風にのってしばらく航海していた頃のことです。丸くはずむ月が夜空に浮かんだ明るい夜に、帚星が尾をひいたその瞬間、この船団が右舷の方向に、絵画のような漆黒の海面を、白鯨の群れが裕然と泳ぐのを目撃したと航海記録に残っている前後のお話です。
太古の昔、岩から生まれた怪鳥が宙空と青空の間あたりを飛んでいた時、星を横切る隕石の炎を避けようとクワァガァガァと鳴いて強く羽ばいたその刹那、あまりに強く翼で空を掻いたためであるのか、八つか九つくらいの灰色の大きな羽がバサリと宙からこぼれました。羽ははじめのうちは小舟が大きな川を行き来するみたいにゆっくりと地上に向けて降りていたのでしたが、やがて少しづつ勢いを強めて、地上のある丘にドサリとささり、ビュイーンと音をたてました。それからまた長い年月が経ち、怪鳥の存在も伝説になった頃、トンガリ帽にながい衣を纏った妖精たちが、狩りと鉱物の採集の途中で山々を巡り、テントを張ろうと丘に立ち寄ったある午後、この灰色の立派な羽をみつけました。妖精たちはその灰色の細長いもののもとに集まり、もの珍しげに見上げました。弓を背負った妖精は、「これは雪男が雪深い冬の狩に際につけた目印ではないか。このあたりはきっとよい獲物がいるにちがいない。」と言いました。手斧を小脇に抱える妖精は、「いやいや。これは先祖が作ったモニュメントに違いない。結構抽象的であるし、なによりの証拠に岩からきりだしたような灰色をしているじゃないか。」と言いました。細い筒状の遠眼鏡を首から下げた妖精は、猟犬の頭を撫でながら、「これこそ何かの旗印に違いない。旗であるのなら、すこし振ってみようじゃないか。」と言いました。妖精たちは、「こんな灰色で、大きなもの振れるわけないじゃないか。」「俺は触れるのだっていやだね。」「案外御利益があるかもしれませんぜ。」などと口々に話し合いました。賑やかな議論の末、妖精のなかでも大柄な妖精が幾人か進みでて、岩のような灰色の羽を揺さぶってみることにしました。妖精たちが、気合を込めて、羽を手で押すと、灰色の羽は不思議なことにブォーンと音をたてて、振動したのでした。妖精たちは、「やはり旗であったのだろうか。よく振れるようだ。」「これは何であるにしろ。我々妖精の世界になかったものである。すばらしい。ほとんどないものはそれだけで価値があるという。」と言い合いました。妖精たちは、灰色の羽を見ながら、夕食をとることにしたのでした。妖精たちが賑やかに語らう中で、竪琴を抱えた妖精が、目を凝らして、灰色の羽が容易に止まらないことに気づくと、「みな聞いてご覧。灰色の羽はどうやら風を起こしているようだ。その証拠にこうしてなにもしなくても震えているし、この羽のまわりの木の葉がゆっくり舞っている。」といいました。妖精たちは、嬉しくなって、「これは我々が失くしたはずの魔法にちがいない。」「この風で道を作れる」といって、さらに灰色の羽を揺さぶります。灰色の羽はますます風をはらんで、勢いづきます。妖精の一人が「灰色の羽の上に乗ってみようじゃないか。妖精の思うとおり風を操れるかもしれない。」といって、するすると器用に上り、灰色の羽の頂き近くまでいくと、「エイサ。」とばかりに灰色の羽にぶら下がりました。灰色の羽はゆっくりと風を巻きながら進みます。妖精たちはひとり、またひとりと灰色の羽にぶら下がって、あっちに体重をかけたり、こっちに体重をかけたりして、舵取りをしてみます。やがて、妖精たちは眠ろうと、灰色の羽から降りようとしましたが、灰色の羽はかまわず風を巻きながら動き続け、そこら中の木々や岩などを取り込んで大きくなるようです。妖精たちは「テントが危ない。」「草木こそ妖精の住処だ。」といって、灰色の羽を別の場所に送ることにきめ、波止場から大きな船に乗せました。「この羽つきの船も帆船ではあってほしい。」と、ある妖精が祈るような気持ちを唸るような声で表明したと年代記には記されているそうです。いまでもこの灰色の羽は、大きな船の上にあって、たくさんの舵取りする妖精と海のあちらこちらを漂っているということです。
 笛と竪琴、バイオリンを抱えた楽団が、箱型の馬車で千里万里を旅した後、春のある日、森と水の豊富な東の国に皆で伝えたとのことです。やがて、お話はみな東の言葉で訳され理解されて、小高い丘の銀色の琴奏者の郷里で、柿と夏みかんの表紙と四季の彩り豊かな背表紙の平たい空色の絵本となりました。そして、夏の夕方、遠くで鳴り響く鐘の音を聞きながら、銀色のさらや燭台の置かれた台の前に有る明るい色のソファーで、親たちが子供達の愛らしい手を優しく握って、安らかな呼吸であやしながら、読むようになったとのことです。