The simple tales to hold the earth by its tail. 17. strange feelers.

昔々、未知の南の島を目指した船団が、小高い丘と坂の多い港町に寄港したあと、暁に遙か遠く南西に向けて、雪の降る中で針路をとり、今日も尚秋から春にかけて大陸沿いにひんやりと冷たく吹く風にのって、航海していた頃のことです。凛とした藍色の夜空に明るい月が丸くはずむように浮かび、雲が白くやわらかくにじむ中に、帚星が尾をひいたその瞬間、この船団の右舷の方向に、絵画のような漆黒の海面を白鯨の群れが裕然と泳ぐのを目撃したと航海記録に残っている前後のお話です。
 或るところにサンピクシー族と呼ばれる妖精たちが住んでいました。妖精たちの頭には、どの頭にも、二本かそれ以上の丸みを帯びた角のようなものがあり、妖精たちはそれを「触角」と呼んでいました。妖精の触角は、長い年月をへてだんだん半透明になり、目立たなくなりましたが、強い風が吹いたり、太陽が照りつける日などはかなりはっきりと目に映るそうです。さて或る時、大きな通りともう一つの大きな通りが交差する十字路で、黒い鉢巻をした妖精の一人が言いました。「触角なんていいものだと思わないね。だって流行りの帽子をかぶろうと思ってもさ、触角を曲げたり、あるいは帽子に穴を穿たなければならないじゃないか。まったく現代的じゃないね。」。これを聞いた異国の地から帰ったばかりの妖精が、「そうかな。これだってただついてるだけじゃなさそうだよ。異国へ行ってもピンと反応するもの。」と言いました。鉢巻をした妖精は「ふん。」と言って、異国帰りの妖精の形のよい触覚を左手の指で摘まむと耳の方までぎゅっとひっぱりました。外国帰りの妖精は内心「あっ」と驚いて、首をすくめました。鉢巻をした妖精はいたずらっぽく笑って、「な。急所にだってなるわけさ。」といって、胸を張りました。そこに最新式の鎧だの兜だのを身につけた兵隊の妖精がガチャリガチャリと音をたてながらゆっくと通りかかって、「僕も同感だね。頭上でゆらゆら動くものなんて、この最新の魔術が発達した現在では邪魔にすぎないよ。だから僕はこうして兜の中にしまい込んでいるのだ。」と重たそうな兜と鎧を揺らして笑いました。そばで話を聞いていた紺色の眼鏡をかけた妖精が、「すると君は、我々の触覚はゆくゆくは魔術にとってかわられるべきだと思っているのかい。」と言いました。兜と鎧を纏ったの妖精は、「いやきみ。僕は魔術が触角を単に代替するだけじゃなく、凌駕し、かついつかは取り除くものであるだろうと思っているのさ。触角なんてあやふやで、いたずらに不安になるだけじゃないか。魔術によって取り除かれるべきだね。」と自分の分厚い鎧を確かめるように叩いて言いました。眼鏡の妖精は、『わからないな。果たしてそうかな。触角は一説には我々サンピクシー族とそれ以外のここでは今はもう滅亡してしまった他の妖精族とを区別するものだといわれてるじゃないか。それに触角はある古文書によると、あるべき「願望としての未来」と、今の状況で暗に自然と「予想できてしまう未来」との間にギャップにぴくぴく反応するって書いてあるよ。』と言いました。兜と鎧を纏った妖精は、「そんなこといったって、触角にしろ、願望にしろ、予想にしろ、妖精によってまちまちじゃないか。不安定なものさ。妖精百万集めても不確かなものにかわりない。安心出来ないじゃないか。やはり魔術こそが先を照らすのさ。」と言いました。眼鏡をかけた妖精は、『未来はもともと「不確実」なもの。「不確実」なものを捉えるのに、「確実な」魔法だけで大丈夫なのかな。触覚のなかに不安を示すものがあったとしても、それは想像力をもつ触覚の機能の裏返しかもしれないな。」と言いました。外国帰りの妖精は「不安は無意識的で衝動的なようにも思えるけれど、それだけに本能的で、兆候を捉える範囲が他の触覚よりもずっと広いのかも知れないね。」と言いました。妖精たちがこの十字路を通り過ぎたあと、十字路の側に立つ掲示鏡には「分岐点。」という表示がふわふわと浮かんでいました。
 笛と竪琴、バイオリンを抱えた楽団が、箱型の馬車で千里万里を旅した後、春の日、森と水の豊富な東の国に皆で伝えたとのことです。やがて、お話はみな東の言葉で理解されて、小高い丘の銀色の琴奏者の郷里で、柿と夏みかんの表紙と四季の彩り豊かな背表紙の平たい空色の絵本となりました。絵本はある図書館の智恵の書棚に、真心の鏡を前にして置かれたということです。そして、夏の夕方、遠くで鳴り響く鐘の音を聞きながら、銀色のさらや燭台の置かれた台のそばに有る明るい色のソファーで、親たちが子供達の愛らしい手を優しく握って、安らかな呼吸であやしながら、読むようになったとのことです。