A fruit tree at the base of mountain.2.

星の瞬きから生命が始まるという古代からの伝言が、実際常に真実であるのか、確かめることができるのは遠い未来の出来事であるのかもしれません。まだ若い芽であるその葉っぱですら、いつから自らが葉っぱであるのか、正確なところはどうにも分からないのでした。ともかく葉っぱが気づいたときは既に透きとおった翠色をしており、ウサギが耳をたてて周囲を感じるように、空に向かって葉を広げようとしていたのでした。葉っぱは彩を纏い始める樹々の紅葉を眺め眺め、いつか自分もああも黄色に、あるいは紅色になったりするものかと思いながら、すこしくすぐったくなり、プルプルしてみるのですが、翠色はあいもかわらず翠色であり、ますます青々してきたようでした。葉っぱはなにかを掴むように小さな葉を空にぎゅっとのばしました。そして、葉っぱは今は芽でありながら、たとえ既に樹であったとしても、滔々と続く生命の枝葉であることにはかわりないと思うのでした。それから、無作為に広がるような生命の営みや営みがそれぞれちょっと似通っていることも、どこかに凝縮した様な営みを見出されることも、組み込まれた仕組みの発現だけではなくて、きっと光のはたらきであるように思うのでした。一羽そしてまた一羽と、やがてみな先に飛び立った白鳥の群れを追って、秋の森に遊びにきていた敏捷な小鳥たちが「今晩はかえらないと」とあいことばのように呟きあいながら夕陽の向こう側に飛び立つのを、この葉もあるいは羽でありうるものかと思いながら、葉っぱは翠色の葉を改めて広げてみるのでした。そうしてみると、葉は風をしっかりと受けてふわりとしたのでした。こうやって、いつのまにかゆっくりと転がるように続く日常に、不意の出来事が進化をもたらしたことを後で葉っぱは知ることになるのでした。深い深い藍色の宇宙の中央に幾百の星々や月の光が柔らかく届き、秋色のあかりを灯したのはそれからしばらくの頃でした。