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The simple tales to hold the earth by its tale. 19.a strange and common warrior.

昔々、未知の南の島を目指した船団が、小高い丘と坂の多い港町に寄港したあと、暁に遙か遠く南西に向けて、雪の降る中で針路をとり、今日も尚秋から春にかけて大陸沿いにひんやりと冷たく吹く風にのって、航海していた頃のことです。凛とした藍色の夜空に明るい月が丸くはずむように浮かび、雲が白くやわらかくにじむ中に、帚星が尾をひいたその瞬間、この船団の右舷の方向に、白鯨の群れが、絵画のような漆黒の海面を白く縫うように裕然と泳ぐのを目撃したと航海記録に残っている前後のお話です。
ガゼル・ハワードは三輪のバギーで街道を走っていた。ちいさな包みのデリーバリーに使う、古ぼけた荷台にはお手製の迫撃砲が載せてある。「俺も戦士だ。目に見える敵は追い続ける。」とガゼルは呟くと、目を細めてバギーを走らせていく。その目線の先には赤と白の乗り物が微かに見えているようだ。「ちょっとの余裕や油断こそ、戦機である。」とガゼル・ハワードはヘルメットの中で大声を上げる。
 実のところ、ガゼルのガゼル・ハワードが何かの信念、あるいは主義主張をもっているかどうか、誰にも分からない。ガゼルだって、「俺は道なり、いやナイル川の流れのままに生きるのだ。」などと以前は友人に言っていたものだ。この土地からナイル川は遠く、ほとんどの人は見たことはない。「ナイルはナイルだ。」とガゼルは重ねて大声で朗々と言っては、追及を逃れる。その彼が「戦士」になったのはほんのここ数年のことであるらしい。彼はともかく配達人であるはずだった。それも何を運ぼうがあまり意に介しない部類の。普段利用する理髪店の店主も「俺は代価をもらって、髪を切る。こころがけることはもらう代価よりも髪を上手に整えることだ。彼はお客だからだ。」と「証言」している。あの日、ガゼルはお気に入りのベレー帽をかぶって、友人たちと公園のそばを歩いていた。その灰色のベレー帽はガゼルが片時も離さず身につけているものだった。その時だった。赤と白の小包を満載したトラックが、うなりをあげてガゼルと友人の側を走り抜けていった。トラックの撥ねた水しぶきがガゼルのベレー帽を濡らしたかに見えた。ともかくガゼルは自分からベレー帽を外した。ちいさなギザギザの耳の男を道行く誰もがなにげなく見た。それはガゼルが常々、「奥ゆかしくもう出すことはないが、俺もなかなかの耳を持っている。」と言っていたその耳だった。友人の一人が「君を誰も前から分かっていたよ。」と言った。ガゼルがどんな表情をしていたのか不幸にしてその友人は覚えていない。しかしベレー帽をとったあとガゼルは確かに耳をなぜか抑えたのだった。以来ガゼルは「戦士」になったのだった。
しばらくして、ガゼルのバギーが走る先で迫撃砲のものらしい、けれど何故か乾いた音が響いた。
笛と竪琴、バイオリンを抱えた楽団が、箱型の馬車で千里万里を旅した後、春の日、森と水の豊富な東の国に皆で伝えたとのことです。やがて、お話はみな東の言葉で理解されて、小高い丘の銀色の琴奏者の郷里で、柿と夏みかんの表紙と四季の彩り豊かな背表紙の平たい空色の絵本となりました。絵本はある図書館の智恵の書棚に、真心の鏡を前にして置かれたということです。そして、夏の夕方、遠くで鳴り響く鐘の音を聞きながら、銀色のさらや燭台の置かれた台のそばに有る明るい色のソファーで、親たちが子供達の愛らしい手を優しく握って、安らかな呼吸であやしながら、読むようになったとのことです。