A fruit tree at the base of the mountain.9.

「こがらし」がやって来る。小鳥や周りの木々がざわざわとしたのは夜半すぎのことでした。彩りあふれる新緑の時季、夜になってもあたりは植物たちや動物たちが賑やかに路の中央を往来しているのですが、みないちようにギクリとしました。ガリガリと地表を蝕むような強風が通るのは、この湖畔と丘陵の土地では、そう珍しくもないのですが、生き物にとってはけっして容易いことではないのです。伝承では、この強風のなかに「こがらし」という恐ろしい風が、くぐもって暗く潜んでいるとされているのです。そして植物は「こがらし」の咆哮を無意識に耳にし続けると、気力を奪われ、その枝や葉はやがて萎れるとおそれられているです。また、植物たちが不用意に「こがらし」に触れてしまうと、ガチガチの塊になり、いつしか灰になるとも伝わっています。伝承や神話というのは、程度は様々であっても、どうやら真実から育っているらしいのです。実際、そんな「こがらし」なんて本当はないのだ、迷信にすぎない、というこわがりの樹木もいますが、ではなぜこれほどの葉っぱたちが毎年枯れていくのか、と自身も葉っぱであり、そして末葉であるジョルジョは思うのです。兎も角、ジョルジョは宙の鏡や造りかけの青い小舟を緑色の絨毯で優しく隠すと、自分も楽譜と絵本を手にとって、絨毯と地面の隙間に滑り込みました。そして、ソーダ水のあわあわを眺めながら、しばらく孝えごとをしました。絵本では海は一つの貝殻の中からはじまったと博士が話していました。それから、切れ長の瞳のような形状の触覚を絨毯の上にそっとだして、あたりの気配を探るのでした。森の木々もいっそう幹を堅く、動物たちも洞窟に入ったり、穴を穿ったりしては準備を始めました。リスのアンディは大木のうろを毛布で丁寧に覆って、やっぱり動物には揺籠が必要だ、なんて言っています。おなじくリスで左利きのエリザベスは、これでおこしやすくなるかしらとキャンプ用の折りたたみ式のソファーに手をくわえています。藍色の傘をさしたタンポポが強い風はふわふわした綿も、ほしの海をこえて、遠くの方へ運ぶかしら、と呟くのも聞こえてきます。もちろん、葉っぱのジョルジョには宙空の月の輝きや星の瞬きもしっかりと見えていたのでした。風の強まりと時をあわせるようにして谷には慨嘆の旋律が、湖畔や河辺に祈りがみちていきました。