an island~an extract from a hidden ship`s log~6.a falconer.

船員がカフェをでて、街中をながれる小川沿いの小径を歩いていると、黒い大きなマントを羽織って背のそれほど高くない男が、背中のマントの先端を右手で掴んでコウモリの翼ように広げて何かを包んではなにやらモゴモゴと呪文のような言葉を呟くと、次の瞬間には大きな声で何か叫んでいるのが街灯の明かりの余韻のなかに意外なほどくっきりと浮かびあがった。船員が男の側に近づく頃にはその男はなにやら小声で囁いては、今度は空いた左手を側の何かにかざしてはまた呟いていた。船員はどうしても気になって、「何をなさっているのですか。」と聞くと、男は煩そうに船員を振り返って、「この鷹が自分のいうことを全く聞かないので、今再教育しているところだ。どうか邪魔をしないでもらいたい。」と太く低い声で言った。船員は「もう夜ですから、明日の朝、明るい所でなさったらいかがですか。」と言うと、男は「君は鷹というものを知っているのか。私の考えでは鷹の操作は自然と視界の狭くなる夜に行うのが最も効果的なのだ。」と言って今度は右脚を軽く後ろに振りかぶって、尖った革靴の靴先で鷹を蹴り上げた。「相手は堅い石ですよ。それでもあなたの力や声は伝わっているのかもしれません。けれど、その鷹は街のモニュメントの一つだと見受けられますが壊してしまっていいのですか。」と船員が言うと、男は「馬鹿言っちゃいけないぜ。この鷹は私の家の前にいるのだ。それに俺の見るところ実に不届きなことに、他の鷹とも協調や共鳴をしているらしい。まずこれを打倒することこそ我が責務である。私だって鷹匠の一人だからな。これで街の鷹を一手におさめるのだ。一度手をつけたからには決して諦めない。わたしはそういう男だ。」といった。船員が「それで鷹が動きますか。」と聞くと、男は「君は私のやっていることがよく分かっていないようだ。本来、鷹は何で動かされると思っているのだい。」と尋ねた。船員は「空を飛びますからね。望ましいヴィジョンや既に翼を広げて大空を悠々と飛ぶ大鷹のモデルではないでしょうか。」と言った。男は訝るような表情を顔に浮かべて、「私の研究によると、鷹の行動を最も強く変えるのはヴィジョンそのものなどではなく、その空に浮いた姿の地表に落とす影のような負の実体の方だよ。私の行っているのは自らの打撃や威嚇によってこの鷹を弱らせて圧倒し、恐怖や狂気や軽蔑や漠然とした危機感といったその影の働きで鷹を自分のものにしようとしているのだ。手軽だが、これこそが力だ。」と言った。船員は、「望ましいヴィジョンを構成しているのは遙か彼方の一点だけでなく、地表にうごめく影のようなその実体を克服しようとする気持ちでもあるのではないでしょうか。だったらヴィジョンの方を共有した方がより健康的でもあり、創造的でもあるのじゃないでしょうか。」と言うと男はカラカラと笑って、「君ね。それじゃ私とこの鷹の目指すことが全く違っている場合に困るじゃないか。それに私は空なんてよく分からない。いずれにしても私は善良で正直なのだよ。」といった。船員はそろそろ教会にいかなくてはといってその場を離れた。背後で男の「キェー」という奇声のようなかけ声が聞こえた。船員は足早に教会へ向けて歩を進めることにした。