an island~an extract from a hidden ship`s log~7.in a church

橋を渡ってすぐ、船員が赤い煉瓦造りの家々の間を抜けると、その教会は突如、目の前に現れた。辺りは夜の闇に包まれようとしていたが、白と黒に交互に塗り分けられたその建物は夜空のもとでもはっきり教会だと分かった。船員が教会の正面にある大きな扉を開けると、その空間がだいぶ奥まで広がっているのがなんとなく感じられるようだった。頭上にあるアーチ型をした窓は皆、赤や緑青や黄など細やかで小さな硝子が継ぎ接ぎに埋め込まれたステンドグラスでできていて、それらのむこうから照す月の光と、高い所に備え付けられた洋燈の黄色の明かりとがあいまって、内部にやわらかな陰影をつくっていた。壁には彩りあざやかに編み込まれた布地がまるで今日織られたようにきれいに一面に貼られ、左奥の方からチェンバレンのリズミカルな音色が綾糸のように漂っては満ちていた。壁の高い部分には女性の微笑する横顔が優雅に描かれた絵画や鎧を身につけて大きな兜を左手に抱えた騎士が林を背にしてそばの馬の首を右手で撫でながら遠くの方を見つめる、武勇を賛美するような絵画が掲げられていた。船員が木目もきれいな長椅子の間を縫って中程まで進んだところで、音色がふとやんで、黒い服を着たほっそりとした背の高い男が立ち上がった。船員は「お邪魔したようです。それにしても素敵な旋律ですね。」と言うと、男は「ありがとう。人が住むところというのは、気がつかなくてもいろいろな音で満ちていますからね。リズミカルな意思ある音色や旋律はやはり心が和むようです。」と答えた。船員は「そのようですね。そういえば、こちらは爽やかな風も吹いていますね。」というと、男は微笑んで「里の近くの森から吹いてくるのです。」と答えた。船員が「まわりには家が建て込んでいますし、側を歩いてきても気づきませんでした。」と言うと、男は目元だけ緩めて、「目に見えるものだけが真実ではないのはあなたもきっとご存知でしょう。里が壁で囲われていても、実際ここは風のかよう所なのです。ここで五感を澄ませば風の中の木の香りも分かるというものです。」と言った。「そうですね。心が落ち着いていくのを感じます。内側で優しい夜が生まれるようです。」と船員は答えた後、しばらく間をおいて、「それにしても、恐縮ですが、この教会はすこし煌びやかに感じます。」と船員が言うと、男は「そう感じるのですね。」とだけ答えた。船員は「私は宗教について詳しいわけではありませんが、これだけ美しいと教会や絵画だけ見に来る人もいることでしょう。それにあなたの演奏も。場合によっては深遠な教義にはついにたどり着かないこともあるかもしれません。」とすこし肩をすくめて言うと、男は「教義を目に見えるものや、触れるもの、聞こえるものを介して感じる方がよほど自然なあり方だと私は思います。この場所の絵画や音楽は教えを象徴しているのではなくて、結構本質をあらわしているのかもしれません。私にした所で」とそれまで大事そうに抱えていた革で纏められた分厚い本を手にってわずかに開いてみせると、「この本の感触が教えではないかと思うことがあるのです。」と言った。船員が目を細めて「どうやら教典とは少し違うようですね。」と言うと、男は「ご覧の通り、とても気に入っている写真集です。教典ではなくてね。」と言った。船員が静かに頷くと、男は「あなたはおそらく眠る所をさがしているのでしょう。そこに毛布とクッションを束ねたものがありますから、どうぞ朝までお寛ぎください。私はあの楽器をまた弾くことにしましょう。」と言って、楽器の方に向かって歩き出した。船員は楽器の旋律に包まれながら、いつのまにか眠りについた。