an island~an extract from a hidden ship`s log~8.in a public garden Ⅰ

教会の天井の方から差し込む日差しと小鳥のさえずり、人が賑やかに行き交う音を耳に流れ込むので、船員は目をさました。黒衣の男は既に講堂の掃除を始めていた。男は起き出した船員の方を見て、「よく眠れましたか。ちょうどよかった。あと一時間もすれば、日曜の礼拝がはじまるところでした。」と言って、ゆっくりと確かめるように笑った。船員が「この音は何ですか。近くで朝市が開かれるのですか。」と尋ねると、男は「あれは、慶賀の祝典の準備のひとつをしているところでしょう。おおざっぱに30年に一度くらい、不定期で開かれるのですが、8日程前に急きょ来週開催されることが決まったのです。」と言った。「そうですか。ずいぶんいそがしい話ですね。準備もきっとたいへんでしょう」と船員が言うと、男は柔らかく船員を見返して、「急である方が成り立つこともきっとあることでしょう。尤ももう何年もこの日の為に準備してきた人たちもいるようです。」と言った。船員は「あなたは港のある場所をご存知ですか。」と男に言うと、男は「残念ながら。」と言うと、少し待つように船員に言うと奥に入って、金属製の羽をいくつも重ねた緩く黄金に輝く腕輪を持ってきて、寛大に笑いながら、船員の左手に巻いた。腕輪には弓なりの月の意匠が施されていた。「これは、護符のようなものです。」と言った。船員が「いただいてもかまわないのですか。」と言うと、男は「いけませんね。貸しにしておきますが、返すのは別の人でもかまいませんよ。」と言った。船員は礼を言って教会をでた。船員の背後で男は思い出したかのように、祈りを唱えた。
 船員が通りを歩いていると、里の小さな犬が一匹船員のお腹の高さまで飛び上がってきたが、船員にぶつかりそうになった瞬間、身を翻すと、慌てて別の方角に走っていった。船員が目を路に戻すと、黒の貫頭衣を着たたくさんの男達が、通りから一本奥に入った大きな公園で仕事をしているのが目に入った。その広い公園にはたくさんの樹木があって、その中には微かにチカチカと光を放つものがあるのが船員の目にもとまった。その公園には百人程も男達がいるようであったが、ほとんどは二、三人で粛々と作業をしていたが、噴水のそばで十、四五人の男達が群れている一角が一際目をひいた。船員が近づくと、この男達はいっせいに、まだ若い樹木の足元にとりついているようだった。船員はその中のひとりをつかまえて「何をなさっているのですか。」と聞くと、その男は「動かしているのです。」と言った。「はりついているように見えますが。」と言うと、「どこを見てものを言っている。動かそうとしているのだ。まずは徹底的に抑えることこそ樹木を動かす唯一で絶対的な我が里の秘訣だ。そして私の望む場所に押し出す。これこそが我が胸中の秘策だ。あの樹木はおろかこれには誰も気づくまい。」と言った。船員が「その樹木の存在が支障を来すことがあるのですか。」と尋ねると、男は「規格外であるから、すなわち脅威である。それにこの樹木は空の何かに反応したり、許可なく係累と交信するという話もある。現在科学的に厳重に試しているところである。」と言った。男達の一人がその樹木のそばで斧を振りかざしながら妖しげな踊りを舞っていたが、すこしすると怒りに顔を赤らめて、樹木からだいぶ離れた所に男達を集めると「なんということだ。全く論理的でない。光りもしない。私の設定した条件で百パーセント再現しないとは。きっと我々全員を馬鹿にしているか、もしくは存在全てが虚構であるに違いない。よって残念なことに異端である。崇高な意思のもと我々の生存と繁栄のために断固とした態度でこの脅威を排除すべきだ。」といった。男達はさもありなんと頷くと、次の瞬間には傍らの投げ縄や鉞やばかでかい帳のようなものを取り出して息巻いた。そこに麻布を織った美しい若草色の長衣を羽織った人がさりげない歩調でやってきた。「君たち。まずは落ち着きたまえ。その樹木は見たところしっかりしているし、よい果実をつけそうであるから、そのままにしておいてはどうでしょう。他に替えなくてはならない樹木もきっとあるでしょう。」と言った。すると男達は新たに現れた男に詰め寄ると小声で 「園においてはいかなる例外を許してはなりません。これは園の運営と規律に関わる問題であり、いくら現在、守り人であるあなたでも侵せざる領域である。異端は排斥されるべきだ。」と言った。守り人と呼ばれた若草色の男は「その樹木にはその樹木の役割というものが自ずとありましょう。あなた方、樹人の手であまり強固に規定すべきものではありません。」と言ったが、男達は怒り出して「いやいくらあなたがおっしゃろうともこれだけは譲りませぬ。第一私たちの時はあなたがこうしたのです。この行為こそが、園にとって絶対に必要な行為であり、我々の絶対の責務であり、当然の権利でもある。いかなる気候や風土の変化があろうともこればかりは断固として行う。」と言った。守り人は「まあまあ。この場はここに客人がいることだし、あまり恐ろしい場面を見せるものではない。少し休み給え。」と言うと男達は渋々引き下がって少し離れて樹木を遠巻きにして弁当を取り始めた。ふとすこし離れたところをみるとたくさんの人が心配そうにこちらを見ているのが、船員にも分かった。その中の何人かは止めようと何か手を振っていたが、男達の一人は「見よ。我々の正しい行動がやはり支持されている証拠である。」と一人一人に囁いてまわり、かえって益々男達は盛り上がったようだった。ある男は「私の判断でこの斧を実際にあの樹木にたたきつけ、反応を確かる。」などといって息巻いている。その間もその樹木はチカチカと時より光り続けていた。