an island〜9.in a public garden Ⅱ

若草色の男は船員についてくるようにいって少しその場を離れると、船員の方をそっとななめに振り返って、「しばらくこのことは内緒にしておいてくださいませんか。」と囁いて、船員が頷くと「あの木はここでは倒されることでしょう。」と言った。船員は「防げないのですか。」と言うと、男は「自然の摂理の一部ですよ。たとえ武勇と気合いが私にあったとしても、止める術など正直ない。幸運があれば、いずれ別のところで再生し、実をつけることもあるでしょう。私はそれを願っていますよ。」と言った。船員は「同質的でないものを排除するのは、あまり生産的な手法とは思えませんが、いかがですか。」と言うと、男は「この一帯は歴史的にずっと樹木の多い地域でしてね。それがここの土壌の一部となっているのです。異端は見えざる恐怖を連想させ、それを排除しようとするのは樹木人の一般的でとても善良な対処法であると信じられているのですよ。彼らもあるいは正しいのかもしれません。」と言った。船員が、「いつか樹木が足りなくなったらどうするのですか。」と言うと、男は「しばらく苦労することでしょう。環境を変えるのはたいへんですから。そして不足の兆候は既に現れ始めています。」と言った。二人は黙ってさらにその場を離れたが、しばらくして船員は「それにしてもここの人々はいったい何をなさっているのですか。」と守り人に尋ねた。男は「慶賀の祝典に合わせて、街の樹木を入れ替えたり、台座を修復したりしているのです。樹木の生育には枝や葉や根っこの具合をある時点で調整することは必要ですし、台座も一定の期間で修復が必要になることは君も知っていることでしょう。これは豊かな土壌を維持する取り組みでもあります。今それを行っているのです。森の智慧も大切です。なかには先程の男達のように行き過ぎてしまうものも出てしまいますが。」と言った。船員は「前に洗ってからだいぶたっているように見えますね。」と言った。男は「よく気づきましたね。私は他の地域のことは詳しく知らないが、ここじゃ皆、我慢強くてね。どうしても無理、と思うようになるまで時間がかかってしまうのです。」と言った。船員は「途中で気づいて、小さく着実にという具合にはいかないのですね。」と言った。男は「ここの地面は豊かですが、とても深いのです。何かが地表にでてくるまでなかなか見えない。それにね。現在の台座に生えている樹木にしても、それを眺める側にしても、安心したいものだから、現状維持でかまわない理由や方法をそれこそ一生懸命探しては納得してしまう。」と言った。船員はまわりを眺めて、「あの美しい若草色の服を着て、樹木の側に座ってみな大きな鏡をたてかけて、琴で音楽を奏でている人たちは何をしているのですか。」と聞いた。男は「彼らは全部を変更されないように、見つめているのです。私もその一人ですけれど。」と言った。船員は「全部変わってはいけないのですか。」と言った。男は「冗談でしょう。公園自体を転覆させる気ですか。何かを変化させるにはそれ以外の部分はしっかりと安定させることが重要だとすくなくとも私たちは学んできました。全部ぐにゃぐにゃしていたら、次の姿に変更するのは困難なのではありませんか。それでも時代は案外全て変わってしまえと思うのかもしれません。だから少しだけ抗っているのです。」と言った。船員は「困難なお仕事ですね。」と言って遠くの景色を眺めた。男は「そういえば、君は船員のような恰好をしていますね。」と言った。船員は「船が覆ったのです。」と言うと、男は「君の乗っていた船が転覆した理由も案外何かの大きな変化に対応できなかったためではありませんか。私の推測にすぎませんが。」と静かな声で尋ねた。船員は「そうですね。」と船員はいった。あの時、飛行船の乗組員たちは長い間忘れ去られていた宙の掴み方を、船内の圧力が上昇した際に発見したのだった。しかし、船員の一人が業務上の必要からやむなくその受容体の感度を急激に上昇させた途端、船の壁が溶けて、宙と内部の境界が曖昧になり、宙が船内に流れ込んで、内部にためられていた宙の要素と溶け合った末、意識と感覚を遠く彼方で拡大させたと感じた次の瞬間には既に海水に浸かっていたことを船員はゆっくりと瞳の奥に映した。慣れるまでは少しづつが重要だ、と船員は心の中でそっと呟いた。船員が明るく「革新とは恐ろしいものですね。」と言うと、男は「必要ですよ。」と言って笑った。しばらくすると男は「ああそこの君。それは倉庫に持っていってはいけない。それはしばらく博物館だよ。」と叫ぶと、船員に向かって「予定された混沌といっても、私の仕事は多くなりそうです。それではよい旅を。これは友情の証です。」と言って船員に小さな四角い手鏡を手渡すと、走って向こうに去った。船員は振り返って、内側をやさしい気持ちで満たしてから、そっと呪文を呟くと、その樹木はチカリと静かに光をかえした。その光は四角い鏡の中に記憶された。