an island~an extract from a hidden ship`s log~12.on a misty rainy day

三重四重に遠く連なる山々の嶺から、秋の景色が湧き、流れをつくっては、夏の気配をやわらかく追い、円くひろがりながら、船員の歩く草原の中の路を撫でて海の方にむかって寄せていった。草原を丹念に縫うように進む白い路の先には、なだらかな丘の上に糸杉が空と地表を渡すように何本か立ち、日を浴びて野にそっと静かな影を投げかけていた。しばらくすると、日がわずかにかげり、空から何千何百の無数の細かな雨粒が地表に吹きつけて、草花や路の小石と共鳴しては鈴の音が折り重なるような綾音を立てていった。船員の足元の石畳もすぐに湿り気を帯びて、表面に水を浮かべてはときどきつるりと船員の靴底を避けて、船員を少し慌てさせたようだった。船員が空を見上げるとあっという間に瞳を雨が滑り、頬を伝っては襟元に向けて流れた。
 船員が雨のをなおも歩くと、道端に馬車を止めて、空に鉄砲を向ける男がいた。男は構えては引き金をひき、また構えては引き金をひいてその度に胸をはっては、大声で「こんな雨ははじめてだ。いや、私には分かる。これはもう雨でさえないのであろう。」などと何か叫んでいた。船員が側をとおり、「あなたは猟師の方ですか。」と聞くと、男は「俺が猟師に見えるかい。君、銃は自衛のために持つという原則を知らないようだね。」と言った。「何か攻めてきますか。」と船員が聞くと、男は「見て分からないのか。この雨は、俺が丹念に塗り込めたこの馬車の塗装を全て溶かしてしまった。それに私のこの古傷もどうもこの雨にあたると痛むようだ。たとえ滝のもとにあろうとも気合いで水を空に弾くことこそ男の本分である。正当に反撃をくわえ、雨の根源を我が手で撃たん。」と息巻いては銃をかまえたと同時に引き金をひいた。船員は「しかし、雨は海宇からこの地にむけて遍く寛く降り注ぐ恵であると聞いています。雨を織りなす内なる天空に発砲してもおそらくあたらないのではないですか。」と言うと、男は「これはもはや雨などではない。それに、仮に雨であったとしても、そしてその雨が天からのものでも、呪われた雨ならば、我が正しき銃弾によって空に連なる雲や小鳥くらいは撃つことができよう。小さきものといえど、それをもって我が気迫を空に示すものである。君はもう理解してくれたことだろう。私は相撃ちになってもかまわないほど強く決意しているのだ。」といっては、また空に向けて発砲した。男の足元には銃の薬莢が積もり、石畳の上をわずかに滑る水によって冷やされているようだった。船員は「この馬車は今までどこかの室内にでもおかれていたのじゃありませんか。」と尋ねると、男は「大家の軒下におくことこそ、馬車をもっとも走らせる方法に決まってるじゃないか。」と答えた。船員がなおも言いつのろうとすると、男は「まさか空を擁護するつもりか。お主も雨の根源とみなすがそれでよいな。」と銃口を船員に向けて発砲したが、偶然弾はそれてどこかに飛んでいった。そこに男の知り合いであろうか、4,5人の男達がおもいおもいにやってきて、「この雨で体が濡れては毒ですから。」などといって囲んで男を馬車の中に誘った。男は「そうか。雨はやはり害毒であるのだな。」と言って馬車に入っていったようだった。しかし、しばらくすると、馬車の中から「たとえ雨が止もうとも虹の尾を捉えることで我が銃の腕前を地にしめさん。」という男のくぐもった声が聞こえた。遠くの山々は雨の後ろでつややかな灰色をまとい、地平線にそっと余裕を加えていた。空を覆う雨の音はいっそう強まり、船員の耳朶に涼しげに優しく反響しながら、尚も降りそそいだ。