a time slip into A.C.2005 from A.C.4000.1.

ここはとある国の会議室。6,7人の男女が大きな円卓に集まって座っている。初老のプレゼンターの一言でミーティングがはじまった。
「さてお集まりの皆さん、ここに一枚の写真がございます。これこそ先頃、我が国で最初にタイムスリップに成功した証拠に他なりません。もっとも人が移動することはまだ先の話で、現段階では写真を撮ることにとどまっております。このような静止画であることに残念に思い、物足りなく思っておられる方もきっと多いことでしょう。確かに当時の写真を発掘したのとあまりかわりませんね。しかし、物事の理解はまず想像することから始まるといっても過言ではありません。ここはひとつ、この写真で2005年頃のある場所について自由に想いをはせてみようではありませんか。」と言うとプレゼンターは、傍らのカップに緑色のミネラルウォーターを注いで一口飲んだ。プレゼンターは続けて、「では楓さん、来席の皆さんとテーマを共有するために、この写真を改めて口頭で描写してみてくださいませんか。」といった。水色の金属のような布地を部分部分で穿って作ったような服を着た楓と呼ばれた人は、プレゼンターから写真を受け取ると、読み上げるようなとても落ち着いた口調で次のように言った。「写真の中央には7名の男性が机に向かっています。そのうち6名は3人ずつ向き合って、残り一人が机を横付けで座っています。服装は大まかにいって共通していますが、全員一様に俯き加減で、話してはいません。彼らは手元のなにか四角いものを覗き込んでいるようです。写真の背景には同じような並びの机と人が並んでいて、その向こうに四角い窓で区切られた空が見えます。日光が直接射していないことや部屋のこの明るさからみて、当時は大気が現在よりも濁っていたことを考慮しても、かなり密閉された空間であることが推測されます。」。プレゼンターは頷いて、「楓さんありがとうございました。それではこの写真からどんなことが推測、あるいは想像されるでしょうか。柊さん、いかがですか。」と言った。白いレースを幾重にも重ねた服を着た比較的若い女性は、「当時の人類も種類は現在と同一かは別として、かなり高い文明をもっていたのではないでしょうか。同性、それも男性がかなりの近距離で、額を突き合わせていることは、固有の心理的な領域認識を阻害することであり、ある意味では野生の抑圧、ないしは退化の現れと考えられますから。」と言った。プレゼンターは「確かに1メートルもしない距離で向かい合っていますからね。このことについて何か他の見解がある方はいませんか。」と尋ねた。顔の輪郭に優しく沿うようにつくられた眼鏡のようなものをつけた女性が拳を胸にあてた。プレゼンターは「蓬さんどうぞ。」と言うと、その女性は「わたしは当時の人類は、視覚や聴覚が現在よりも弱かったのではないでしょうか。だからこんな近距離で固まっているわけです。これはフォーメーションのようなものであり、物理的に肉迫していることになんらかの意義なり、利点を見出していたのでしょう。」。プレゼンターは、「なるほど。そう思われるのですね。」と言って、紫色の手袋で拳をつくった細心の男性に扇をひろげたようなものをそっと向けた。「わかりませんね。当時は現在よりも倍近い人口がいたとの推定もありますから、やはりスペースを節約するためかもしれません。」と言った。今度は青い服を着た男性が胸に拳をつくった。プレゼンターが扇のようなものをふわりとあげてその男の手元を示すと、男は「通信手段がなかったか、あったにしても非常にコストがかかったのでしょう。あんなに俯いて視線を落とし、口周りの筋肉を硬直させているのは、同じプロジェクトを遂行しているとは考えにくいと私は思います。」と言った。次に丸い帽子をかぶったひとが、「私は目の前にいるひとや所作が美しいことこそ大切だと思います。」と言った。プレゼンターはそれまで黙っていた明るく淡い碧色の長い衣をきた男性に扇を柔らかくあげるようにして、発言を促した。男は「私はこのような形で固まっていることは、意思疎通は近距離である必要があるという神話が存在したか、あるいは仕事を可視化する技術がなく、行動や成果を相互に把握する仕組みが未発達であったために相互監視を行っていた可能性があることを指摘したいと思います。」と言った。次に拳を胸にあてた男性も「とくに明確な目的や時間の制限を共有せずに内向きにただ座っていたとすれば、反応を暗に探り合ったり、序列を試したり、前に座る相手のしぐさに無意識に影響されてしまうことなどで、相互のエネルギーを内部で消費してしまう効果もあると思います。なにか相互にぶつかり合う反発力や競争心をもって外部にでることを考えていたとしても、これはエネルギーの内部消費の軽視であり、やはり人余りの時代の象徴的風景ではないかと思うのです。」と言った。プレゼンターは頷くと、次に拳を軽く胸にあてた人に扇を曖昧にもちあげるようにして風を送った。そのひとは澄み渡った幾分低い声で、「同性のみ3名対3名の対面式のみではありますけれど、正しくおでこを合わせることで、新たなインスピレーションが生まれることを人類は既に理解していた可能性もありますね。」と言った。