The simple tales to hold the earth by its tail.5.fairies build a green time and space.

昔々、遙か西の国の港を巡り、やがて南の国を目指した船団が、秋から春にかけて大陸沿いにながれる風にのって遙か遠い洋上で、月夜の晩に白鯨の群れと遭遇したと航海記録に残っている頃のお話です。
 あるところに妖精の住む濃い緑色の小さな村がございました。妖精たちが誰かのために歌を歌ったり、考え事をしたり、友人に話したりする度にその妖精の魔力の効果で妖精の名前のついた緑の苗木が生まれ、村は緑色の景色でみちみちていました。妖精たちははじめは自分の手を使って森の木の実を拾ったり、川の魚をとったりして暮らしていましたが、ある時村の北の端に住む妖精が近くの山で鉄を発見しました。妖精達は山でとれた鉄で、斧を作り、山で木を切りだしては、家を造ったり、薪にして燃やしたり、一方では鉄で鏃を作り、猪を狩ったり,あるいは妖精たち相互に争ったりできるようになっていきました。十年がたち、二十年がたち、三十年が過ぎる頃になると、小さな村はすくすくと成長して、小さな街になり、市ができて妖精が集まり、しばらくして大きな町になり、まわりにも点点と同じような町ができるようになりました。ところが、妖精の住む場所が広くなり、数も増えるたのに反して、魔力が追いつかなくなったものか、妖精たちが元気をなくしたためか、妖精たちが作り出していた緑は、いつのまにかまばらに散らばり、いまにも空気や水に溶けそうな薄緑の景色になってしまいました。それでも妖精達が魔力を十分に発揮するには、気持ちの近い誰か別の妖精の存在が必要であるようです。妖精達は、その頃はとっくの昔に緑の大切さや魔力の性質に気づいて、智慧を巡らせて、もう歩く距離では遠くに離れてしまった今でも気持ちの通じる、あるいは通じてほしい妖精にあてて小さな緑色のカプセルや植木鉢を拵えて、送ることが習わしになっていました。そのうち妖精達のなかには遠くに住む妖精にも見えるように大きな緑色の看板を家の屋根に取り付けるものもあらわれました。やがて物を白く輝く宙空に飛ばす業が生み出され、贈り主の妖精の名前をつけない緑色の小さな凧や大きな気球が自由に宙空を行きかうようになりました。その景色を見て、妖精達は「これは拡張された緑ではないか。」とか、「いやあくまで仮の緑で、本質は別の所にあるのじゃないか。」、「なさけないね。妖精は緑の魔力を失いつつある。」、「そんなこといっても結局その境目は曖昧で、宇宙にあっても本当ははじめから存在しているかもしれない。」などと話合うようになりました。妖精の一人は「匿名で宙空を移動するとは妖精個人の倫理観が問われ、全体で見れば無法地帯を宙空につくることになる。」と言いましたが、別の妖精は「いやいや。緑というものをもっと理解すべきだ。宙空に飛ぶためにはできるだけ軽い方がよい。だから名前など載せないほうがよい。」と言い、またある妖精は「今までだって村から村、町から町に馬車でいつのまにか運ばれていた緑の植木鉢が、宙空にあがって凧や気球になり、個人の妖精が扱えそうになったものだから、見えやすくなった。だからこそ話題にのぼるようになった。」と言ったり、そのそばの妖精は「匿名性はフロンティアの開拓時代に見られる過渡期的な現象にすぎないよ。未知の空間の要素ではなく、顕れにすぎないのじゃないかな。町が点点と広がる膨張期だって同じように、緑が名前つきかどうかなんて気にしなかったはずさ。そのうち妖精は緑を宙空に揚げることではなく、緑の色合いや内容にこそその重要性を見いだすのじゃないか。そうなればおのずとまた古式の通り緑の魔力が働いて名前入りに向かうだろう。」、「全部じゃないね。いつだって影のあるフロンティアは存在するだろうし、そのことに慣れ親しんだ我々妖精は、フロンティアがなくなりそうだったら、別の場所を見つけたり、あるいは箱庭的でも匿名の空間を再現してしまうのじゃないか。」と言ったりしました。妖精達の議論は、ずっと続き、その間も緑色の凧や気球、馬車の上の植木鉢はせっせと緑色の世界をつくり続けたということです。この西の国の話を旅人から船員が聞きつけ、千里万里をあい語り継いで東の国の絵本になり、暖炉の前で子供をあやしながら、読みきかせることができるようになったのはそれからだいぶたった頃だということです。