The little garden in a village around space.2.

 しばらくして、キプロスは老人の方を振り返って、「ここはとても眺めのすばらしいところですね。」と言いました。老人は「眺めのよい場所は耳にもよいの。」と言って微笑すると、キプロスの顔を眺めました。キプロスも微笑して「そうですね。」と言うと、老人は今度は「あら知っていたようね。」と言って、今度はテーブルの端っこに置いてあった白地に花柄の文様のティーポッドを取り上げました。キプロスは、「入り口からこの場所に来るにつれて心が明るくなり、肩と首のつけねあたりも軽くなってきましたから。」と言いました。老人は柿の実の文様の入った若草色のカップになみなみとつぐと、「さあ、紅茶を一杯。ゆっくり飲んでいって。ここの紅茶はいつでも温かいの。」と言いました。キプロスはスロープを少し歩いて、一礼して木製の椅子に腰掛けると、まず紅茶を一口飲みました。キプロスは「私達の耳はどこでもみな聞くことができるけれど、ここはとくに気持ちが楽ですね。」と言いました。老人は、「そうでしょう。私のお気に入りの場所だから。声や心は本来どの場所とも同じ距離でありうるけれど、私達は物理的に近い声に注目しがちのようね。」と言いました。キプロスは「野の獣などの物理的な危険に対処するためでしょうね。」と言うと、老人は「ここを通りかかるのは鳥ぐらいなものだから。こめかみあたりに何も感じないでしょう。」と言って微笑すると、「もっとも実際の目でとらえられる事柄のまわりには、それを生み出す心理的な要素やもっと大きなうねりようなものが広がっていることを私達は意識すべきでしょうね。それも私達にとっては同じように重要だわ。それに物理的に遠くのひとと会話するときは、近くの感覚は静まるものだから。」と続けました。キプロスが、鳥の影を探そうと空の方に目を凝らしてみると、この円形の庭は透明な丸い天蓋に覆われていて、東西南北のそれぞれの方角に、小さなやはり透明の窓が宇宙に向けてそっと開いているのでした。西の方角の窓からは、そろそろ夕日に近づきはじめた秋の陽光が届いているのでした。キプロスは、視線をテーブルの方に戻して、「やはり高い塔のような構造物がよいのでしょうか。」と言うと、老人は「高い塔であるのか、深い洞窟であるのか、海に浮かぶ島であるのかはそのひと次第でしょうね。好みの問題ではないかしら。近頃は私のように宇宙にのびることを好むひとがふえたようだけれど。」と言ってこの塔の後ろ側に見えるやはり背の高い塔に視線を向けました。キプロスは「静寂な空間がよいのでしょうか。それとも賑やかな場所がよいのでしょうか。これも少し疑問なのです。」と言うと、老人は「本当はこの世界に完璧な静寂などないのかもしれませんね。静寂とは音に音が折り重なって、擦れ合って起こるもの。静寂と喧噪は同質的なものでもあるのでしょう。もっとも私はいろんな声のしている賑やかな場所の方が好きだし、健康的だと思うけれど。」と言って、紅茶を一口飲みました。老人は「それでもずっと、あまりに居心地がよくないのならば、適した場所を探すべきね。思考とは結局、対話であって、その相手はどこかの特定の誰かかも知れないし、書物に名残を残す先人や先人の集まり、あるいは現在や過去や未来の自分自身かもしれないから。私達は、与えられたとどまるのを好まず、努力してもなお不変であるのなら、太古の昔から私達の祖先がしてきたように、開拓者になることだってできるのよ。それも自然な行き方でしょうね。」と言いました。二人はしばらく黙って空を眺めて、なお耳を澄ませたのでした。やがて、夕暮れ頃になって、森の遙か向こう、先程まで地平線の見えていたあたりを見まわすと、昼の空の輪郭は端の方からにわかに闇にまじりあって、その広さを少しづつやわらげていくようです。キプロスは「すこし寒くなってきましたね。」と言いました。老人は「昼から夜に替わる刹那の出来事ね。夜は意外に温かなものだから。」と言って、テーブルの中央の横笛の隣に置いてあるランプを後ろのほうから、優しくひとなですると、ランプは黄色と橙色が縒りあって束になったような色あいをした光をクルクルと灯しました。テーブルのまわりの影は、ランプのほのかな揺れにともなって、フルフルと微かに舞っているようです。老人は「昼のまわりに夜があって、夜のまわりに昼があるということはとても落ち着くものね。」と言いました。キプロスは「まじりっけのなさすぎるものは、きっと必然的に狭く、広がりを欠くのでしょうね。それに掴むこともむずかしいですね。」と言いました。二人はまたしばらく外側の夕暮れの風景を眺めました。やがて、老人は大理石の床を静かに歩いて、壁の大きな古時計の所までいくと、古時計の下にいくつか置かれていた宝石箱を取り出しました。老人は今度はそっと、そのなかから丸く太陽の形をした昼をあらわす黄金色の宝石と三日月の形をした夜を表す白銀の宝石、夏の緑色の宝石と冬の小麦色の宝石を取り出して、古時計に取り付けました。キプロスがそっと宝石に触れると、宝石は紅茶でほてった手にひんやり冷たく感じられ、さらにきらりと輝きました。しばらくして振り子の揺れがほんのわずかになると、古時計の表面にはとやわらかなオレンジ色の光で「10月31日Halloween 」と古代文字がふわふたと浮かびました。キプロスが足許をみると、時計の振り子の影が、ランプの光のなかに映って、さらにやわらかな陰影を与えていました。