The distorted and intricate arrows ChapterⅠ 5.The aspect of S3

S社営業部長の橋口は、取締役の外山に部屋に突然呼ばれた。彼は30代半ばを過ぎたばかり。中背であったが、少し太り気味であるので背中を遠くからみればなにやら打たれ強そうな印象を周囲に与えている。彼は少し緊張して部屋に足を運んだが、部屋のドアは既に開けられていて業務上の秘密の話をするような雰囲気ではなかった。彼は部屋に入るなり、黒い革張りの席に座る外山の満面の笑みに突き当たり、これは機嫌がじつによい、決して悪い話ではないと確信した。外山はドアを閉めようとする彼の動きを手で制して、「R社の人事業務を受託することが決まった。調査と構築に関しては札幌にいる小杉にまかせることで先方とも話をつけている。期間は2,3ヶ月かな。けれど運用は今度入社する男に任せるつもりだ。そうだな、小杉に加えてサポート役として彼を一緒に遣ることにしよう。小杉には後でもう一度連絡する。ついては君にもよく理解して、援護してもらいたい。」と声高に言った。彼は「おめでとうございます。わかりました。運用に関してはやはりその方がいいでしょうね。」と言って席に戻った。彼がいつも出入りしているR社の人たちから受ける反応はこの件についても緩慢なもので、当面進展は見込めないものと思っていたから、じつはすこし意外であった。これはなにかが動いた、いや外山はどこかに割り込んだのじゃないかと彼は思った。彼は部長になってからまだ日も浅く、部下も一人だけであるので、処理しなければならない仕事の量は多い。一方で札幌にも武藤という別の営業部長を筆頭とした6,7人の階層ができあがっている事情から、なんとしてもR社の案件は近い将来自分主体で動かしたいと思った。外山の行動は彼からみれば果断と朝令暮改の表裏一体といった所。そこで、元上司の小杉の顔を思い浮かべた。あの男は自由になるまい、と以前の自分に対して力を誇示するような態度を思い出して、ため息をついた。もっとも自分の上司や同僚の前で颯爽と指示を出すのが好きなのは一緒かもれないが、と思って彼はすこし笑った。調査や構築の途中で小杉は札幌に返してすこし泣いてもらい、実はこちら側でとることが肝要、営業活動はじめ今まで努力してきたじゃないかと彼は思った。机の上に高く積まれた書類と黄色のファイルが眩しく彼の目に映った。