The distorted and intricate arrows ChapterⅠ 4.The aspect of S2

小杉は札幌の市内にある5階の彼の部署の机のそばに座り、受話器とっていた。一般的なオフィスビルの部屋としては狭く、小中学校の教室を半分に割った程のこの空間は、内部からの情報の漏洩と外部からの侵入を防ぐために、二重の仕切りと分厚い壁で廊下や他の部屋から隔てられていて、そう広くない札幌支店の中にあっても心理的にも実際の業務の上でも彼の城と言ってよい。そこに部下の社員一人とアルバイト4,5人が彼の目の前で電話をとりながら仕事をしている。彼の左の耳元でS社取締役の外山が、「R社の人事アウトソーシングの件がきまった。人事センターとして運用することにするつもりだ。ついては小杉君にその設立を任せたい。業務に詳しい君ならば立派にやってくれるはずだ。先方から話があって、君を必要としている。」と叫ぶような声で伝えていた。彼は「もちろんです。分かりました。」といった。外山は「君も札幌の方の部署があるから、センターの運用は別の人間に任せるつもりだ。3ヶ月ほどをめどにやってくれ。先方の強い支援があるからそう難しくない。業務を調べればよいのじゃないか。」と言って電話を切った。彼は受話器を置いた後、頬が右側に僅かにつり上げて、笑いをこらえた。運が巡ってきた、とそう思った。彼は席を立つと、部下やアルバイトに顔を悟られるまいと振り向いて、遠くを見やり、指を鳴らした後両手を合わせて手を揉んだ。東京の営業部長のほくほくとした橋口の顔がふと彼の脳裏に浮かんだ。数年前までは彼の部下であり、半年前までは同じ課長補佐であったあの男は、大きな案件を獲得したわけでもなく部長に昇進していた。これはあの男を抜き返すチャンスだ、と思った。いやそればかりか親会社に覚えられている自分ならば、その上の取締役すら夢ではないと確信した。だいたいあの粗暴な外山ですら、大手通信会社をおさえているだけであの地位にいるのだ。外山の柔道家あがりの図太い体幹を思い浮かべ、彼はけっして負けない、親会社の部署も自分で運用できればそれは確実だと思った。外山は営業に出れば強引といってよいほどぐいぐい押す一方で意外なほどのかわいげも発揮して帰ってくることなど彼の念頭にはもはやなかった。その後でQグループの札幌支社の部長が顔をだしていったので、彼はR社の人事アウトソーシングをS社ですることになり、彼がそのリーダーに選ばれた、とだけ伝えた。その部長はすこし複雑な表情をしてだまって頷いた。彼は「公然の秘密なのだ。」と内心躍り上がった。