A dairy20160809

8日午後3時、天皇陛下の「お気持ち」の表明がありました。

 

日本国憲法に定められたのであっても、「象徴」として、考え、行動することに意義と奥深さをみいだして来られたとかねてより推察していました。

今回の「お気持ち」は、ご高齢になられた天皇陛下自らがいわば「集大成」として、これまで実践されてきた「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」である天皇の役割の十全な実行と円滑な継承のために、皇室典範の改正、生前退位を望む趣旨であると理解しました。

 

具体的な方法や中身はこれから議論されるでしょう。平成の多くの日本人や、世界のひとびとが感じてきた、皇室の平和的な在り方とその公務が後世に続くことを日本人として願わずにはいられません。

続イギリス「EU離脱」など

EU離脱が決定したイギリスでは、保守党の党首選が行われることになり、「離脱派」の旗振り役、ボリス・ジョンソン氏(全ロンドン市長、現保守党下院議員)は6月30日、立候補しないことを明らかにしました。また、同じく「離脱派」のナイジェル・ファラージ氏は、イギリス独立党の党首からの辞任(欧州委員は辞任せず)を7月4日、表明しました。前者は、「同僚と相談し、議会の現状を考えると私ではないという結論に達した。」と言い、後者は「私の役割は果たした。」と述べました。離脱に向けた(不確実性が高く、おそらくは困難をともなう)過程の前にして、今回のEU離脱の「功績」をまず「確定」しておき、一定の影響力を保持する狙いがあるのでしょう。(狭義の)「ポピュリズム」(大衆迎合主義)の危険性は、ムーブメントを当初主導する側が仕掛けるうちはまだしも、むしろ主導した側が煽られ、いつのまにか踊っている(あるいは踊らされてしまう)ことにあるとするならば、両者が表舞台から一旦ひくことで、想念の集合体のような渦に煽られることを避け、より大きな破壊を防ぐ効果はあることでしょう。無論、今回の流れのうち、ポピュリズム的な要素がどれだけを占めるのかは議論のあることでしょうが、この両者の行動には対岸のヒトラーの教訓が生きているとも言えます。今回の両者の行動にイギリスの「混迷」を指摘する声もありますが、この意味では、むしろより少ない混迷が選択されたといえるのではないでしょうか。EU離脱という形式がきまったことで、一部の熱気のような部分は冷まされて、今後は手続きと交渉が進められる段階に入り、イギリス・EU双方で広域の経済圏(市場)や労働力の移動について、実質的な利益の調整が進められるのでしょう。

イギリス「EU離脱」など。

イギリスで6月23日「EU離脱残留か」の国民投票が行われ、投票率71.8%、「離脱」への得票率51.9%(BBC)の結果、「離脱」がきまりました。

 

国民投票そのもので国の在り方、行き方を問うことに可否の評価はあるでしょう。

民主主義は圧倒的によい(わるい)ものではなく、相当程度よい(わるい)ものをきめるプロセスと理解することもできます。その意味で今回の投票は、急激な難民や移民の増加、格差の増大によって、「受益者」と「負担者」を(狭義の「論理」ではなく)実感として結びつけることができなかったイギリスとEUそのものの現時点での姿、限界を表しているのでしょう。「ひとつ」になったことでかえって共通の事象に脆弱性をもつということもかんがえておかなければなりません。Googleトレンドによると投票後に”What does it mean to leave the EU”や”What is EU”や”などの検索ワードが多く計測されたとのこと。おそらくは離脱への衝撃の大きさから、イギリスの国民の今回の問題についての理解不足を指摘する声もありますが(無論、2013年時点で人口6,000万人強、投票率71,8%の中にはそういうひともいるでしょうが)、ものやサービスを買った(売った)あとで、雑誌やWEBを眺めるのと類似する、確認する行動と理解する方が、むしろ妥当ではないでしょうか。EUのような広域の経済主体、政治主体が成立、継続するためには、市民が決定になんらかのかたちで参加できる、求心力をもつ「地域」や「地方」、あるいは「政党」が前提になると思いますが(そうでないとただ不可視の大きくて重いものを戴くことになります)、この点でイギリスやEUの現状はどのようなものでしょうか。移民についても、人口の漸減が明らかである先進諸国には本来、サービスのにない手や消費者としても歓迎されるべきものです。けれど、ただ自由にというではなく、(歴史的にヨーロッパで地域コミュニティーに溶け込まない度合いの強かったユダヤ人が排斥される結果を招いたことも踏まえれば)超えられる程度に良心的な、言語や文化への理解や共感といった一定のハードルがむしろ必要とされている可能性もあります。ただ経済的な理由で、お金のために来たひと、と理解されるよりも、この地域をそれなりに気に入ってきたのだという感情が働いたほうが、受け入れる側も移民側も相互に幸せではないでしょうか。この点でイギリスの現状はどのようなものか。産業革命のあとは植民地というかたちで、戦後は移民、投資というかたちで競争力を取り込んできたイギリスやEUの在り方に関心がもたれます。

A diary20160606

 北海道七飯町東大沼付近の林で行方不明になった小学2年生の田野岡大和君が3日、無事発見されました。

 「奇跡」という言葉は無為や省察の免罪符ではない、そのことを心にとめたいと思います。山菜採りで迷ったならば山を、林道で置き去りにされたならば道をより重点的に探す。そして子供さんの脚でも、山のなかを進むよりは道や平坦な部分を進んだ方が距離がでる。今回は道の延長線上、機転をきかせ、自衛隊小屋ですごしている子供さんに自衛官が遭遇することで生還できたわけですが、できればはやくみつけてあげたかったと思った関係者もたくさんいらっしゃることでしょう。しつけかどうかは別として、「山菜採り」との当初の説明で、初動及び以降の対応が山側に多く傾いてしまったことはおそらく否めません。

 御家族のもとで、大和君が健やかに成長されることをお祈りします。