The simple tales to hold the earth by its tail.4.a strange confectionary dome.

昔々、ある船団が西の国の港を巡り、黄金の恵と聞こえ高い果実の苗を探しに南の国へと船首を向けて、秋から春にかけて東から西にふく風を帆に受けて、星の雨降る遙か遠い洋上で、ある月夜の晩に白鯨の群れと遭遇したと航海記録に残っている頃のお話です。
 西のこの国では、国の隅々から人や材料を集めて、とても大きくて甘いお菓子の家を年がら年中一時も休むことなく造っていました。チョコレート、キャンディー、クッキー、スポンジケーキ、薄皮やクリームなどありとあらゆるお菓子やその材料が絶え間なく湖一つ分以上もあるその現場に運び込まれては、目にもとまらぬはやさで溶かされたり、くみ上げられたり、あるいは美しくしきつめられていました。そこに旅人が通りかかりました。旅人は「こんな巨大なお菓子の家はみたことがない。」と思い、そこで仕事をするたくさんの人やお菓子をしげしげと眺めていました。そこにツルハシやドリル、スコップにハンマーをもった一団が現れ、程なくその道具を使ってお菓子の家の一角を懸命に壊しはじめました。人々もやはり興味をもったものか、じょじょに集まり、観客席ができ、そこで椅子代をとったり、コーヒーやパンを売る人まで現れだしました。旅人は、一団の棟梁の一人と思われる長い衣を纏った人に近づいて、「何をなさっているのですか。」と尋ねました。棟梁は整った顔に神父のようなからりとした微笑を浮かべて、玲瓏な装飾を施した手帳をそっと閉じてかかえると、「決まっているじゃありませんか。壊しているのです。」と答えました。旅人は「でもこのお菓子の家は造り続けていますね。造る一方で壊しているのは不思議です。」と言いました。棟梁は微かに頷くと「そうですね。これも仕事のうちですよ。このお菓子の家はもう十分大きくなって、建ててからだいぶ時間も経過して、全体の設計図のようなものが果たしてあったのか、それともいろんな設計図の集まりであるのかも調べるのもたいへんなあり様です。お菓子の家の核のようなもののまわりに、人の気持ちや様々なお菓子を飲み込みで成長したのがこのお菓子の家であると理解しています。それでも私達はこのお菓子の家を造り続けなくてはなりません。それで少し壊し続けているのです。」と言いました。旅人は「せっかく造ったのに壊すなんて、反対する人も多いのじゃありませんか。」と言うと、棟梁は「そうですね。このお菓子の家は、お菓子自体とてもおいしいのでしてね。果たしてそのためであるものか、造っている側の人間がいつのまにか虫に変わってしまう病が起こっているのです。虫化するといっても体のほんの一部であったり、気持ちだけであったりと判別するだけでもじつにやっかいでして、予防や治療には太陽の光が必要であることだけは分かっているのです。それでお菓子の家の内部に光をあてるためにもこの作業を行っているわけです。」と言いました。旅人は「お菓子の家の出来の悪い部分を何かの考えや方針のもとに切り取って建て直しているのではないのですか。」と言うと、棟梁は「本来はその方がよいのでしょう。けれどお菓子の家とは自然に膨張するものでしてね。それにこのお菓子の家も長い年月の間混沌もあわせて飲み込んでいる以上、壊す方も無作為であってさえよいと私などは密かに考えているのです。本当に必要なものは、たとえ柔らかいお菓子であっても破壊の巨大な槌に当たってさえ壊れないものもありますし、一度壊れてもまた再生するといいます。それに・・・」と言って少し間を開けて、「壊れてはじめてその価値を知るというのも人間の性質の一つかもしれません。唐突で取り返しのつかない全壊よりは、自ら意図的に部分を壊す方を私達は選んだのです。だから今日も壊し続けているのです。」と言いました。旅人は「それにしてもあのひとは一生懸命壊していますね。」と言うと、棟梁は「建てたものも間違えば壊されると思えばこそ、よりよいものを造ろうと思うことでしょう。といってもあなたがご覧になっているあのひとは、壊すが好きなひとでしてね。こういう活動はそれ自体に楽しみを覚えたり、あるいは上手にできる人と協力してはじめて有意義なものとなることでしょう。じつは正直なところ私もハンマーを振っているうちに楽しくなってくることがあるのです。ハンマーを振りかぶった瞬間、右の上腕の部分がきゅっとなるのがとてもよいのです。」と言いました。旅人は「観客が気になりませんか。ショウアップされすぎると感じる人も多いでしょうが。」と言うと、棟梁は「何の。我々も人間。ただ壊す作業はとても大変なのです。観客の方々がいてくれる方が心によい張りが生まれるというもの。それに破壊する側は常に孤独と孤立に対して背中合わせであるのです。私もこれまでお菓子の家に吸い込まれてしまうひとをたくさん見てきました。きっちりと建設や破壊を実行するためにも多少賑やかな方がよいというものです。」と言って、壊したばかりのクッキーでできた窓枠に齧りつくと、「いやじつにうまい。あなたもお一つどうですか。」と片方の目をつぶっていいました。この西の国の話を旅人から船員が聞きつけ、みなで千里万里を語り継いでやがて東の国の絵本になり、ベッドの傍らで子供をあやす親に愛情豊かに読まれるようになったのは南の宇宙に輝くいちばん星が一際青く瞬いてからしばらくたった頃だということです。