an island~an extract from a hidden ship`s log~11.a shipping agent

船員が街へと続く路をひたすら歩いていると、背中にざわりとした気配を感じた。船員が振り返ると藍色の長いコートを着た男が白馬に小さな翼が生えたような動物にのって、すこし浮き上がるようにしてやってきた。その男と奇妙な動物は船員を少し追い越してふわりと停止するとくるり船員の方に向き直った。男は「あなたはあの船員さんですな。」と尋ねた。船員は「船員であったことに相違ありません。」と答えた。男は動物から飛び降りて慇懃に一礼すると 「この度は雲海探索運送サービスをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。私ども雲海探索運送サービスは皆様がよくご存知のように探索・運送という物流インフラの一翼を担い、サービスを通じて、お客様の利便性の向上と未知なるフロンティアの開拓しようと気宇壮大な旗印のもと、生命と時間を賭してこの役務を提供しております。さてこの度はさる方から船員様に向けてこの小包の運送のご依頼を承っております。どうぞお確かめの上、ここに我々に発見された旨とあなたの受け取りのご署名をくださいませ。」と丁寧にしかし、一気に最後まで言った。船員が箱を受け取ると、男は「それでは中みをご確認ください。」と言うので、船員が大きな木の根元で読書をしてながら寛ぐ佳人の図柄が記された薄紫色の包みを開けると、若草色の包装紙にくるまれた円筒形のお菓子が、真ん中より上の方で黒い革のリボンで蝶の形にきゅっと結わえられていた。男は「おめでとうございます。それはまさしくあの宙空渡月庵がつくったチョコレートです。送り主が音声記録装置によってしるしたこの電子伝票の内容と照合してください。声の高さ、質、ピッチなどはは無論ご存知のことでしょう。」と言って巻き貝の形をしたつややかで丸く白い物体を手渡した。船員が貝殻に耳をあてると「チョコレート ひと箱」という美しい声とそれに続くメッセージが聞こえた。 「確認しました。ところでどこに署名すればよいのですか。」と尋ねると、男は「今のこの場所ではあなたはボイスレコードというわけにはいきませんね。しかしご安心ください。もちろんそのような方むけにも当社は機械をご用意しております。これでここに署名なされませ。」と言って四角くて薄い板とクリスタルでできた長い筒状の万年筆を手渡した。船員が署名をしていると、その間に男は、鞄からごそごそとカメラとやはりノート型の帳票を取り出した。男は「さあ証明写真も撮ります。おでこの内側から微笑んでください。そう寛大に。」といって数枚写真をとり、船員から署名用のノートを受け取ると、「さあ今度はそのお菓子を食べてみてください。」と言った。船員は少し驚いて「今口に入れなくてはいけないのですか。」と尋ねると、男は「実際にその人の口に入り、脳を刺激し、胃の中に収まったことを確認してはじめて配達人の職務が果たされるものと我々は思っております。」と言うので、船員は包みからチョコレートを一つつまんで口の中にいれた。とてもおいしいと思った。すると男は、「それではご感想や今の気持ちもぜひいただければと存じます。」と尋ねた。船員は少し驚いて「贈り主の方には気持ちを届けたいと思いますが、あなたに言わなくてはいけませんか。」と言うと、男は『受け取られた方のご感想や気持ちを承るのも運送人として当然の務めだと我々は思っております。贈り主様は受け取られた方の感想を伝え聞くととてもお喜びになりますし、またその時の写真など添えますといっそう感慨を深くされることでしょう。我々雲海探索運送サービスは社の信条のひとつとして「届けるものはお菓子のみならず、気持ちである。」とこう定義しているのでございます。我が社では「そのお客様にとって至福のサービスとは何か。そのために社員ができることは何か。」と自問し、共に考えながら日々歩んでおります。その結果同種のサービスを行う会社の中でもその信頼性の高さからたくさんの方にご利用をいただいております。』と言った。船員は頷いて、「他の理由についてはいかがですか。」と尋ねると男は「当社のサービスご関心をお持ちいただき、ありがとうございます。当社の担うサービスは贈り主の依頼のもと、受け手を雲のなか、海のなか、宙のなか、ひいては地の底まで探し出して、お届けするというとても壮大なものですが、実際不確定要素のじつに高いものですから、商品の感想をお客様の承認をいただいた後、集約し、差し障りのある個人情報を伏せた上でレポートや新しい製品のご提案として製品の作り手や売り手にお届けするのもじつは当社の重要な事業収益の柱の一つとなっております。最近の傾向などのレポートも所望される方は多くいらっしゃいます。』と答えた。船員は「なるほどよく分かりました。他にはどんなよい点があるのですか。」と聞くと、男は「製品を受け取られるお客様におかれましても、現在の感想を第三者である我々のサービスに直に登録しておくことは、とても簡単かつ安全で有意義な取り組みではなかろうかと存じます。贈り手と受け手双方でいつでも製品についての感想や気持ちを確認できますから、想い出を共有する深い森のようなものではないかと我々は僭越ながらそう思っております。当社では品物と配送によって文字通り、お客様を結びつけるというとても素敵なお仕事をさせていただいているものと一同自負しております。製品やその作り手、贈り主や受け手の情報を集積、安定するという、いわば自発的な善意が織りなす仕組みを備えておりますので、消費者の望む製品の製造、流通、販売という観点のみならず、一部の悪徳業者が行うような無理矢理の聴取や故意による中傷、情報の意図的な改ざんや恣意的な解釈といった操作を実質的に向こうかしようという社会的意義もございますことを付け加えたいと存じます。我々はこのサービスを「雲の錨」と呼んでお客様にご利用いただき、大切に育てて参る所存でございます。さあもう一度チョコレート召しませ。そしてぜひ感想をどうぞ。」と言った。船員はチョコレートを大事そうにほおばり、「とてもおいしい。こんなおいしいチョコレートは食べたことがありません。」と言うと男はそんな風味ですか。」と尋ねた。船員は「カカオの苦みと香りにと果物の甘さと酸味が加わってとても芳醇です。」と答えると、男は「なるほどそう感じられるのですね。」といった後、「まずはこのチョコレートについてお聞きしましょう。」と言って、「今のお気持ちを一言で表すとどうですか。」「これはどんなチョコレートだとあなたは思いますか。」「このチョコレートを口にいれる時、あなたは何色の空気に包まれるでしょうか。」「このチョコレートで思いだされる情景はどんなものですか。」などとゆっくり尋ねては聞き取り、書き取った後、「今度はチョコレート全般について伺いましょう。」と言って、「今までにどんなチョコレートを食べましたか。」「月に何度ほど食べますか。」「いつ食べる時が多いですか。」「一緒に何を飲みますか。」「一回当たりの購入金額は?」「どこで購入されることが多いですか。」「あなたはチョコレートの購買に関して決定権をもっていますか。」「自分でよく購入されるチョコレートの銘柄は何ですか。」「この製品の作り手にもメッセージを。」などと、ゆっくりと質問しては丁寧に記録した。最後に男は傍らの自分の水筒を一口含んだ後、ごくりと飲み干すと、「では恐縮ですが、私もそのチョコレートを一口ください。」と言った。船員は「大切なチョコレートなのですが、あなたもほしいのですか。」と尋ねると、男は「はい。お客様のご感想、メッセージとは別に配送人が第三者として製品を確かめるのも、品質保証市場調査の観点からお客様全てに好評をいただいております。とくに我々はお菓子を専門に扱っておりましてこの分野における輸送方法や味覚の蓄積という点では他社の追随を凌いでおります。マーケットに流通する菓子製品についての我々のリポートは巷ではどうやらその安心と信頼から「特派もの」と呼ばれているようです。」というので、船員が困ってひとかけらだけそっと手渡すと、男は「おおやはり絶品でありますな。じつにおいしい。これがこの仕事の醍醐味でもあります。」といって、別の用紙になにか書き込んでいた。しばらくして男は鞄に全てしまうと、『受け取りと登録、誠にありがとうございました。言い忘れておりましたが、現在当社では「気持ちをしるそう」という登録キャンペーンを実施しておりまして、これはその景品のようなものです。』といって、小さな蛺を船員に手渡した。船員が「これは何ですか。」と言うと、男は「あなたのそのポケットに入っている鏡にそっと取り付けますと、あなたの位置を贈り主様や当社スタッフが把握することが可能です。またこれは当社の地形把握サービスを支えるものでもあります。そしてあなたもこの蛺によっていつでも当社の配送サービスをご利用いただくことができます。その蛺の根元をくすぐると我々雲海探索サービスのものが5日以内に到着し、ご依頼を承ることができるという機能も備えております。」と言った。船員は「現在は旅もよいものと思っておりますが、この島でも緊急事態も想定されます。貴社ではお菓子以外の配送は行っているのですか。」と尋ねると、男は「先程も申しました通り、現在はお菓子のみ、それもチョコレートを中心に扱っております。「お客様に至福のサービスは何か」のあい言葉のもと、当社の資金力と人員に鑑み、それ以外の分野への進出は現在検討中です。また、当社では地形把握サービスは行っているものの、他のお客様の個別の位置情報につきましては、誠に恐縮ではありますが、現在はプライバシーへの配慮とセキュリティーの側面からご案内を一切堅くお断りしております。」と言った。船員が頷くと、男は「またのご利用をお待ちしております。それではよい旅を。」と叫んで、白馬に乗って、地面を滑っていき、しばらくすると地平線の遠く彼方の凜とした山の嶺嶺に溶けた。船員が胸元の鏡を取り出して蛺をつけて地図を映すとそれが王の嶺と呼ばれているらしいことが分かった。